おやぢの部屋2
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SCHUBERT/Octet





Mullova Ensemble
ONYX/ONYX 4006



シューベルトの作品で私が最初に接したものが八重奏曲(オクテット)だったというのは(あ、リートなどは彼の作品だとは知らずに聴いていましたが)、交響曲などについては奥手っということになるのでしょうか。それは幼少の頃の、「ウィーン八重奏団」という団体の来日につながる思い出です。ウィーン・フィルのコンサートマスター、ウィリー・ボスコフスキーと、その弟(兄?)の首席クラリネット奏者アルフレート・ボスコフスキーによって創設されたこのアンサンブル、その時にはウィリーは別の人に代わっていましたが、アルフレートはまだメンバーだったはずです。その初来日公演の模様はNHKのテレビやラジオで何度も紹介されていました。当時のNHKには後藤美代子という、いかにも「クラシック」そのもののような格調高いしゃべり方をするアナウンサーがいて、このような放送のMCは一手に引き受けていたのですが、そこで彼女がメンバーの名前を読み上げる調子まで、未だに耳に残っているのですから、幼い頃の刷り込みとは恐ろしいものです。「フィリップ・マタイス」とか、「ギュンター・ブライテンバッハ」などという、まるでおまじないのような名前を今でも思い出すことが出来るのですからね。
そのウィーン八重奏団が演奏していたのが、この八重奏曲だったのです。特に耳に残ったのが、第3楽章のスケルツォ。その軽快なリズムと明るい曲調は、それ以来私の「マイ・フェイヴァリット・シューベルト」になりました。第4楽章の優美な甘さもいいですね。何回も聴いているうちに、第6楽章のテーマがとても無駄の多いもののように思えてきたりもしたものです。シューベルトにはそのような冗長な面もあることを知ったのはずっと後になってから、当時はこのアンバランスなテーマが不思議でなりませんでした。
それから何年たったことでしょう。久しぶりにこの曲の新録音を見つけたので、何はともあれ聴いてみる気になりました。ヴィクトリア・ムローヴァが大分前に演奏スタイルを変えていたことも知っていましたから、それを実際に確かめるという興味もありましたし。
まず印象的だったのは、パスカル・モラゲスのとても柔らかい音色のクラリネットでした。その場の楽器の音を全て包み込んでしまうような、ふんわりとした響き、他の管楽器、ファゴットとホルンも、それにピッタリ合わせた音色で、見事に溶け合っています。そして、ムローヴァを中心とする5人の弦楽器は、幾分渋めの音色で、それに応えていて、アンサンブル全体がまるで一つの楽器になったかのような趣をたたえています。ところが、そんな穏やかな外見とは裏腹に、その中で行われている楽器同士の駆け引きは、とことん緊張感をはらんでいるというのが、面白いところです。モラゲスがあるフレーズを歌いすぎていると見て取るや、そのフレーズを受け取ったムローヴァは、まるで甘さをたしなめるかのように、冷徹な歌い方で返す、といった具合です。ですから、第4楽章の変奏曲では、とてもスリリングなドラマが展開されることになります。テーマは素っ気なく始まりますが、それを受けて各変奏でソロを取る楽器がここぞとばかりに自己を主張する様は、まさにアンサンブルの醍醐味といえるでしょう。フィナーレも絶品です。序奏が終わって、さっきの「変な」テーマが本当にさりげなく、遅めのテンポで始まります。しかし、その遅さは、コーダの伏線だったのです。この、荒れ狂うようなコーダの迫力のあること。
「八重奏曲」のこんなスリルに満ちた一面なんて、ウィーン八重奏団のいかにもサロン風の優雅な演奏からはとても気づくことなど出来なかったはずです。さっきのスケルツォにしても、ただの脳天気な曲想だと思っていた中に、これほどの陰影が込められていたというのも、新鮮な発見でした。なによりも、「ウィーン」で聴き慣れた思い出の中にはなんの意味もない「つなぎ」としてしか受け止めることが出来なかったような多くのパッセージが、ここでみずみずしくその必然性を主張してくれていたのは驚きです。ムローヴァたちの演奏によって、この曲の魅力が、ワンランク高いところで味わえるようになったことに、感謝です。
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by jurassic_oyaji | 2005-11-26 08:30 | 室内楽 | Comments(0)