おやぢの部屋2
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La flûte à la parisienne



前田りり子(Fl.tr.)
市瀬礼子(Va. d. G.)
Robert Kohnen(Cem)
ALQUIMISTA/ALQ-0012



「パリのフルート音楽-華麗なるロココの饗宴-」というタイトル、ジャケットではパールのネックレスにシースルーの薄衣をまとったアーティストが、いかにも「有閑マダム」といった憂いを帯びたまなざしを投げかけていれば、そこにはある種倦怠感をともなった妖艶な世界が広がっていると思ってしまうことでしょう。しかし、そのジャケット写真の中で、飴色の素朴な輝きを持つトラヴェルソが、いかにも所在なげにその場違いな姿を主張していることに気づいた人は、このアルバムがただの華麗さを見せびらかしているものではないことにも、また気づくはずです。ブックレットの中には録音現場の写真が掲載されていますが、そこで見られるアーティストは、先ほどの「マダム」のイメージなど微塵も感じさせない、半袖のカットソーにパンツという軽快ないでたち、おそらく、こちらの姿の方が、このアルバムの活き活きとした音楽を伝えるには相応しいものに違いありません。
前田りり子さんという名前は、「バッハ・コレギウム・ジャパン」によるバッハのカンタータ全集の録音の中で、たびたび目にしていたものでした。もはや、オリジナル楽器の演奏者というものが、日本に於いてもさほど珍しくなくなってきた音楽状況の中で、さりげなく、メンバーの一人として名を連ねていた、という印象。というよりは、殆ど日本人によるこの団体が世界的にも評価されている、その一翼を至極当然のように担っているという印象でした。
このアルバムで、彼女のソロを聴くに及んで、今さらながら昨今のオリジナル楽器が到達したレベルの高さには、驚いてしまいます。クイケン、ハーツェルツェットという、現在望みうる最高のトラヴェルソ奏者の薫陶を受けた彼女は、それらの師をも凌駕するほどのテクニックと音楽性を、存分に披露してくれていたのです。
ここで取り上げられているのは、18世紀半ばのパリのサロンを彩ったさまざまな作曲家、ルクレール、ブラヴェ、ボワモルティエ、ブラウン、ラモーといった人たちの曲。彼女は、それぞれの個性を充分に吹き分けているだけではなく、そこに、もっと踏み込んでさながら現代でも十分通用するほどのメッセージを込めているようにすら、思えてきます。なかでも、ミシェル・ブラヴェの1740年のソナタで見られる生気あふれる表現からは、もはや「サロン」などという範疇を超えた深みのある主張を感じないわけにはいきません。終楽章の華麗な変奏も、見事なテクニックに裏打ちされて聴くものを惹き付けています。ここで特筆すべきは、共演者によるサポートの大きさでしょう。超ベテランのコーネンは言わずもがな、ガンバの市瀬礼子さんの深いニュアンスは、どれほど曲に陰影を与えることに貢献していることでしょう。実際、ガンバのほんのちょっとした表情で曲全体がガラッと趣を変えてしまう瞬間が、何度あったことか。
そんな3人のスリリングとも言えるアンサンブルが最大限に発揮されているのが、ジャン・フィリップ・ラモーのコンセールです。それぞれの楽器が繰り出す、殆どインプロヴィゼーションとも思えるような自由なフレーズたち、彼女たちが作り出す音楽は、とっくに「ロココ」などを飛び越えた宇宙を作り上げています。もちろんハワイにとどまっていることもありません(それは「ロコモコ」)。
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by jurassic_oyaji | 2005-12-10 20:46 | フルート | Comments(0)