おやぢの部屋2
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Concertos for Flute and Orchestra



Wolfgang Schulz(Fl)
Ola Rudner/
Haydn Orchestra
CAMERATA/CMCD-28097



収録されているのはシャミナードの「コンチェルティーノ」、ユーの「ファンタジー」、そしてイベールとフランセのフルート協奏曲という、フルートの世界ではよく知られた作品ばかりです。しかし、なぜか、フランセの協奏曲は今まで私の知る限り正規の録音として出ていたものはマニュエラ・ヴィースラーによるBIS盤しかありませんでした。

       CD-529

ですから、今回のシュルツの録音は、そんなカタログの穴を埋めるものとして、渇望されていたものに違いありません。その上、ユーも、オーケストラ伴奏の形は、私にとっては初めての経験です。というより、この曲が本来はオーケストラとフルート独奏の編成で作られたものだとゆーことも、今回初めて知ることが出来ました。事実、この全く新しい響きで迫ってくる「ファンタジー」は、このアルバムでの何よりの収穫となりました。まず、最初のオーケストラだけによる序奏を聴くだけで、この曲が独特の雰囲気をみなぎらせたものであることがはっきり分かります。これは、無機的なピアノ伴奏では決して味わうことの出来ないものでした。その様なさまざまな彩りに覆われて、今まで演奏会用の退屈なピースでしかないと思っていたものが、一つの聴き応えのある作品であることを知った喜びは、格別のものがあります。
そんな風に、バックを務める「ハイドン・オーケストラ」というイタリアの団体は、スウェーデンの指揮者ルードナーのもとで、単なる伴奏に終わらない確かな主張を繰り広げています。イベールの協奏曲でもことさらオケのパートを聴いているのでなくても、今まで気づかなかったようなフレーズがあちこちから聞こえてきて、新しい魅力に気づかされることが何度あったことでしょう。
ただ、もしかしたら、シュルツのフルートにそれほど惹き付けられるものがなかったために、他のパートに耳が行ってしまった、というだけのことだったのかもしれません。ご存じ、このウィーン・フィルの首席奏者は、その強烈な個性でもって、ウィーン・フィル自体の音さえも変えてしまったほどのフルーティストです。複数の首席奏者を持つこのオーケストラでも、彼が乗っている時にははっきりそれが聞き分けられるほどの「目立つ」音の持ち主でした。しかし、その音は力強くは華麗ではあっても、柔軟さや繊細さとはちょっと距離を置いたものであることも事実なのです。さらに、音楽の作り方もいわば力ずくで相手を圧倒させるという趣味の勝ったもの、ですから、イベールの最後の楽章などは、変に力の入ったあまり美しくない側面ばかりが目立ってしまいます。
そんな彼が、まさに軽妙洒脱のかたまりのようなフランセの協奏曲を演奏するのですから、そこにはちょっと戯画的な光景が広がることを避けるわけにはいきません。言ってみれば、「ヒロシ」のように、そこにいるだけでふわっとしたおかしさがこみ上げてくる、といった「お笑い」とは最も遠いところにある、「俺がこんだけ一生懸命やっているんだから、おめーら笑えよ!」みたいな芸人(誰とは言いませんが)に近いテイストを、彼の演奏の中に感じてしまうのです。フランセでたびたび顔を出す「粋な」フレーズが、まるで説教をたれるようなくそ真面目なスタンスで冗談を言っているように思えてしまって、ちっとも「おかしく」ないのです。これは、お笑い芸人としては、かなり恥ずかしいことなのではないでしょうか。あ、もちろん、シュルツはお笑いではなく、フルーティストですがね。
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by jurassic_oyaji | 2006-01-15 22:36 | フルート | Comments(0)