おやぢの部屋2
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DVORAK/Symphonies Nos. 8 & 9




Charles Mackerras/
Prague Symphony Orchestra
SUPRAPHON/SU 3848-2



昨年80歳を迎えた長老マッケラスが、プラハのスメタナホールでプラハ交響楽団を指揮した演奏会のライブ録音です。出来るだけノイズが入らないように、演奏途中で人が出入りする事がないよう、「ドアはしっかり閉めたな?」と確認がされたと聞いています。この演奏会が行われたのは、2005年の9月13日、プログラムはドヴォルジャークの「自然の王国」と、交響曲第8番と第9番の3曲でしたが、ここには交響曲だけが収録されています。ただ、ライブ録音とはいっても録音の日付が11日から13日までとなっていますから、リハーサルの模様も録音しておいて、本番のテイクで問題があったところを差し替えて編集するという、「ライブ盤」には欠かせない処置が施されているのでしょう。
お客さんが入った本番と、客席には誰もいないリハーサルとでは、当然音の響き方が異なってきますから、それを繋いだ時に違いが分からないようにするのは、エンジニアの腕の見せ所になってくるわけです。ところが、このCDの場合、「8番」の第2楽章で、今まで少しぼやけた音だったものが、急にくっきりした音に変わって、そこで、別のテイクを繋いだことがはっきり分かる場所があります。なかなか難しいものですね。
いや、別に、そんな些細なことに目くじらを立てる必要もないでしょう。録音そのものは、演奏が行われたスメタナホールの美しい響きが存分に味わえる、素晴らしいものに仕上がっています。おそらくワンポイントに近いマイクアレンジなのでしょう、オーケストラの音と残響がほどよく混じり合った、潤いのある音です。特に美しいのは、艶やかな弦の響き。力で説得するのではない、ホールの響きを信頼して楽に弾いている感じが好ましく聞こえてきます。
マッケラスは、ここで2つの交響曲の性格をかなり際立たせているように見えます。例えば、「8番」では、ことさら「甘さ」が強調されているのが、ポルタメントたっぷりに歌い上げる第2楽章のヴァイオリン・ソロや、今時珍しい「演歌的」な第3楽章のヴァイオリンのテーマの処理で感じることが出来るでしょう。それに対して「9番」の方はもっと都会的、フィナーレの金管によるファンファーレなどからは、停滞を許さないスマートさが見て取れるはずです。有名な第2楽章でも、ソロを取る管楽器たちは決して感傷におぼれることのない、ある種の冷徹さを感じさせてくれています。しかし、そこはチェコのオーケストラです。ビブラートのたっぷりかかったホルンやクラリネットを聴いてしまえば、やはり根っこには独特の泥臭さがあることも、やはり感じないわけにはいかないのです。
楽譜を吟味することで知られているマッケラスが、ここでちょっと面白いことをやっています。彼は基本的には批判校訂版であるスプラフォン版を用いて演奏しているのですが、1ヵ所だけ、非常に目立つ形でそのスプラフォン版では採用されなかった自筆稿のヴァリアントを用いているところがあるのです。それは、第4楽章の後半、頭のチェロのテーマが戻ってくるところなのですが、そのスコアでは256小節目の最後の音「H」を、自筆稿にある「C」で演奏しているのです。この音は次の小節の最初の音「H」とタイでつながっていますから、普通はシンコペーションとして認知されるもの(楽章の最初に出てくるのもこの形)ですが、「C」になることによって、全く別なアウフタクトが出現することになります(こちらに譜例があります)。
この有名な曲、一体何枚のCDが出ているのか私には分かりませんが、こんな演奏をしているのはコンスタンティン・シルヴェストリ(1958)とニコラウス・アーノンクール(1998)以外に知りません(もう一人、ライブでは下野竜也が同じことをやっていました)。この「自筆稿版」、もしかしたら、これからじわじわと市民権を得ていくのかも知れませんね。
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by jurassic_oyaji | 2006-01-18 20:39 | オーケストラ | Comments(0)