おやぢの部屋2
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伝説のクラシックライヴ









東条碩夫 他
TOKYO FM
出版(ISBN4-88745-142-3)


今から30年ほど前、もちろんまだCDなどはなく、「レコード」もかなり高価だった時代、FM放送の番組を録音して楽しむという「エアチェック」は、音楽を聴く上での重要なツールでした。その番組は、ただレコードをかけるだけというものだけでなく、実際の演奏会を録音したもの、さらには外国の放送局が録音した海外の演奏会のテープなども放送され、音楽ファン、特にクラシックファンにとって、なくてはならないものになっていたのです。そして、今ではちょっと考えにくい事ですが、公共放送のNHKだけではなく、民間のFM放送局でも、そんなクラシックのライブ番組を作って放送していた事があったのです。
そんな、遠い昔の事がまざまざと蘇ってくるような、懐かしい、そして、今となっては貴重な証言が収められているのが、この本です。中心になっているのは、民放FM曲「エフエム東京(現TOKYO FM)」で「TDKオリジナルコンサート」という、ミッキー・マウスが司会をしている(それはTDR)のではなく、クラシックのコンサートを録音して放送するという番組を制作していた東条碩夫さんの文章です。この番組、実は私もリアルタイムに聴いていたものでした。コンサートをただ録音しただけという、味も素っ気もないNHKの番組に比べて、本当に音楽が好きな人が情熱をもって作っている、という感じがヒシヒシと伝わってくる素晴らしいものだった事が、今でも懐かしく思い出されるものです。なにしろ、武満徹の「カトレーン」という曲を、番組として委嘱し、その初演の模様を放送していたのですからね。その、作曲依頼交渉から始まって、出来上がるまでの経過、本番直前に仕上がったスコアからパート譜を作る修羅場を経て無事本番の収録を終えるまでの筆致には、この大仕事を成し遂げた筆者の執念までもが乗り移ったかのような尋常ではない臨場感が宿っていて、読んでいてまさに手に汗を握る思いでした。新宿の厚生年金ホールで行われたこの世界初演には、私も足を運んでいます。そんな個人的な思い出もあって、この部分はその熱気を体で受け止められるだけのものとなりました。
この本には、それだけではなく、NHKサイドからも近藤憲一さんが同じ時期の活気のあった音楽番組について、膨大な資料を基に、ご自身の体験を披露しながら書いてくれています。「イタリア・オペラ」や「スラブ・オペラ」など、懐かしい名前が登場しますが、中でも、1967年に行われた「大阪バイロイト」については、現在では殆ど語られる事もなくなっているだけに、貴重な報告となっています。何しろ、ヴィントガッセンとニルソンという世界最高の「トリスタンとイゾルデ」が来日したのですからね(そのニルソン、先日お亡くなりになりました。つつしんでご冥福をお祈りします)。後にバイロイトの一つの時代を築いたブーレーズも、この頃は日本のファンには全く相手にされなかった事も、思い出されてしまいます。
他にも、NHKの技術者が、FMの技術的な変遷を述べてくれているのも興味深いところです。初期にはステレオ放送用の回線が完備されていなかったので、「生」放送はモノラルだけ、ステレオは全てテープを各地方の放送局に送って放送していたというような時代を知る事が出来ます。
最近では音楽放送と言えば映像も伴ったものに関心が行きがちで、もはやFMには往時の勢いはありません。さらに、ネットラジオでは外国のコンサートがリアルタイムで聴けるようになり、溢れるほどの情報が飛び交っています。しかし、今ほど情報の多くなかった時代に放送に携わっていた人達の確かな情熱は、今よりはるかに熱いものだったことが分かるはずです。
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by jurassic_oyaji | 2006-01-23 19:39 | 書籍 | Comments(1)
Commented by juko at 2007-09-19 14:20 x
私も、この本を楽しく読みました。特に武満徹さんの別荘へ楽譜を受け取りに行く件のおかしさといったら、もう。硬いようですっとぼけたところのある文章だし、本人たちは一生懸命だからなおのこと愉快ですよね。ところで、東条碩夫さんはコンサート日記というスタイルのブログを始めていらっしゃいますよ。
こちらです。
http://concertdiary.blog118.fc2.com/