おやぢの部屋2
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日本語で歌う 冬の旅




斎藤晴彦(Song)
高橋悠治(Pf)
水牛/SG008


役者だった斎藤晴彦さんがクラシックの世界でブレイクしたのは、どのぐらい前の事だったでしょう、「日本語クラシック」という、クラシックの名曲に日本語の歌詞を乗せて早口で歌いまくる、という「芸」で一世を風靡したのは、もはや記憶の彼方へ消えていこうとしています。そんな彼も、最近では「評論家」として、ゲルギエフの「指環」の論評を新聞紙上に掲載したりと、いつの間にかしっかりクラシックのフィールドになくてはならない人になってしまっています。
その斎藤さんが、シューベルトの「冬の旅」に挑戦です。NHK教育テレビの人気番組「クインテット」で「スコアさん」の声を担当している斎藤さんですから、ここでピアノ伴奏が宮川彬良だったりしたらそのまんまあの子供番組の世界になってしまうのですが、もちろんそんな事はありません。斎藤さんと言えば、元をただせば「黒テント」というアングラ(死語)劇団の団員でしたから、そんな、ほのぼのとした世界とは全く無縁のキャラだったわけですからね。ですから、ここで高橋悠治という「くせ者」のサポートを受けるというのが、いかにも斎藤さんらしい姿になってくるわけです。
と、このレーベルである「水牛」的な発想、確か「修練を必要としない楽器による平易なアンサンブル」といったような先入観をつい抱いてしまいましたが、悠治のピアノは、その「水牛楽団」での大正琴やアコーディオンのイメージとは全く異なる、まっとうなものであったのはちょっと意外な事でした。ここで悠治は、斎藤さんが歌うからというのでことさら特別の事をするのではない、これまで数多くの「普通の声楽家」たちとこの曲を共演してきたのと全く変わらないスタンスで演奏していたのです。バッハなどで見せたような不自然なところなど全くない、流れるようなシューベルトの音楽が、そこには繰り広げられています。
その様な、きちんとした音楽的な枠組みを悠治が提示している事により、斎藤さんの歌がしっかりとした意味を持つ事になります。彼の「歌」はもちろんかなり荒削りなもの、クラシック的な発声とは全く縁のない、言ってみればその辺のおやぢが一杯飲みながら声を張り上げているような趣です。そんな、時として暴走しそうになる彼の「歌」に、悠治は敢えて合わせようとはしないで淡々とシューベルトの世界を先導しているのです。まるで、日本語で歌われているその歌詞を冷ややかに眺めているかのように。
斎藤さんと悠治、そして平野甲賀、田川律、山元清多といったメンバーの手になる日本語訳は、ミュラーの原詩の直訳ではありません。どちらかというとことさらに荒っぽい単語を使ったという、妙なエネルギーが溢れているものです。その中で、最も有名な「菩提樹」だけは、完全な創作、というか、原詩のパロディとなって、そのエネルギーを一心に集約しているように見えます。「泉に沿いて それがどうした 淡き夢見ても 眠いばかり」ですからね。これらの言葉が殆ど歌い手の全人格の吐露として発せられる時、そこから見えてくるのは言いようのない暗く寒い世界、そう、斎藤さんがここで歌っている日本語は、そんな悠治のスタンスによって、見事なまでにシューベルトの世界とは遊離した、しかし、決して違和感は伴わないという、マルチレイヤーのようなハイブリッド性を見せることに成功しているのです。○橋□泉でしたっけ(それは「パイプカット」)。
ちなみに、このCDは、いずれ某大型店でも扱い始めるという情報はありますが、今のところネットでしか入手できません。
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by jurassic_oyaji | 2006-01-25 21:55 | 歌曲 | Comments(0)