おやぢの部屋2
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海へ~現代日本フルート音楽の諸相~





小泉浩(Fl)
DENON/COCO-70817/8



1997年にリリースされた2枚組CD、発売当時は6000円(!)でしたからちょっと買うのはためらわれてしまいましたが、この度「クレスト」シリーズで、なんと1500円、四分の一の価格となって再発、迷わず購入です。こういう廉価盤での再発は、ほんとに家計を助けてくれすと
ある時期、小泉浩は日本の「現代音楽」シーンでのスターでした。というよりは、こういう種類の音楽を演奏する殆ど唯一のフルーティストとして、その存在を誇っていたのです。「普通の」レパートリーを演奏するのとは全く異なるスキルを要求される場での彼の仕事ぶりは、まさに輝いていたと、幾つかのコンサートに足を運んだ私などは感じたものです。実際、彼によって初演された作品は、おびただしい数に上る事でしょう。
このCDが録音される少し前に、彼は2年間にわたって、その様な曲を集めた連続リサイタルを敢行しています。それは、このスペシャリストの偉業を集約した、実りの大きいものだったに違いありません。そして、その中のエキスとも言うべき曲を集めて、このアルバムが誕生したのです。
日本人の作曲家による、フルートソロのための曲は、現在では数え切れないほどあるに違いありません。この楽器に寄せる日本人の思いというものは、例えば尺八とか、あるいは篠笛といった、日本固有の楽器とも共通するような語法を見出した時に、さらに親密度を増すのでしょう。1962年にガッツェローニのために作られた福島和夫の「冥」は、そんな思いが初めてインターナショナルな価値を持った、記念碑的な作品です。ここでの小泉の演奏は、豊かな残響を伴う録音と相まって、ある意味かなり色彩的なものを繰り広げているように思われます。それは、もしかしたら、この曲が日本的な禁欲の世界のものであるとされてきた今までの概念を打ち破ろうとする、もっと西洋楽器としてのフルート固有の音色を大切にしたもののように感じられます。
この作品とは対極的な位置にあるはずの、近藤譲の「歩く」(1976年)は、一切の感情を排したかとも思えるような、ミニマリズムの世界の音楽です。ここでも、小泉は無機質なパルスの一つ一つに「暖かさ」のようなものを吹き込んではいないでしょうか。
池辺晋一郎の「ストラータII」や、湯浅譲二の「ドメイン」といった、本当の意味での超絶技巧が要求される曲に立ち向かう時の小泉こそは、まさに水を得た魚と言うべきでしょう。いささかのためらいもない技術の冴えは、なによりも作曲者の信頼を勝ち得ている証に他なりません。
このアルバムに収録された14曲のうち、5曲が武満徹の作品で占められていることは、このジャンルでもこの作曲家の作品が圧倒的な存在感を持っていることを示しています。1971年の「ヴォイス」から、遺作となった1996年の「エア」(これが楽譜の日本語表記。「エアー」というライナーの表記は誤りです)まで、彼の技法的な変遷までもたどれる選曲となっています。これらの曲は他に幾つかの別の演奏家による録音が存在していますから、それぞれの表現に違いの妙を味わうことも可能になってくるという、「現代曲」としては幸せな環境にあります。そこから明らかになってくるのは、小泉の細部まで大切に吹き込んでいるていねいな音楽性。演奏時間は、例えばパトリック・ガロワの倍近くという圧倒的に遅いテンポで切々と歌い上げられた「エア」からは、この、夭折した友人を悼む心情までが、聞こえてはこないでしょうか。
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by jurassic_oyaji | 2006-02-06 20:13 | フルート | Comments(1)
Commented by うしがえる at 2006-02-26 09:37 x
初めまして。
TBさせて頂きました。
時々拝見しておりますが、幅広い知識と深い見識に敬服しております、