おやぢの部屋2
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REJCHA/Requiem

V.Hrubá-Freiberger(Sop), A.Barová(Alt)
V.Dolezal(Ten), L.Vele(Bas)
Lubomír Mátl/
Prague Philharmonic Choir
Dvorák Chamber Orchestra
SUPRAPHON/SU 3859-2



今日では、数多くの木管五重奏曲の作曲家としてのみ知られているアントニーン・レイハ、ベートーヴェンが生まれたのと同じ年、1770年にプラハに生まれた彼は、まさに「ボヘミアン」と呼ぶに相応しい人生を送りました。彼の「放浪」の旅は、故郷プラハから始まって、ボン(ここで、そのベートーヴェンと親しくなります)、ハンブルク、パリ、ウィーンと続き、1809年に再びパリに戻るまで続いたのです。ドイツ時代には「アントン・ライヒャ」、そしてフランスに帰化してからは「アントワーヌ・レイハ」と、呼ばれる名前さえ変わってしまうのでした。中国ですと果物に間違われたりして(それは「レイシ」)。
この「レクイエム」は、1802年から1808年までのウィーン時代に作られたもので、ごく最近、パリの国立図書館で手稿が発見されたものです。それを元に1988年にプラハでチェコのアーティストによって録音されたものが、このCD、翌年にはリリースされたものですが、それ以来この曲の唯一の録音として君臨していました。結局、この曲を聴きたい人はこの盤に頼るしかないという事かどうかは分かりませんが、この度めでたく再発されて、この珍しい曲を聴く事が出来るようになりました(なんでも、神奈川の合唱団が、今年の12月に日本初演を行うそうですね)。
演奏時間は1時間足らず、モーツァルトの作品などと同様に、標準的なテキストと、4声のソリストと混声合唱にオーケストラ伴奏が付くという標準的な楽器編成を持っています。しかも、作曲者自身、10年ちょっと前にこの地ウィーンで演奏されたその「レクイエム」のことは当然知っていたでしょうから、随所にその先達の作品との類似点を見出す事は容易です。ただ、レイハの場合、作曲家のプライドというのでしょうか、影響を受けているのはミエミエなのに、あえて元ネタとは違っているんだぞ、という意識が手に取るように分かってしまうのが、かわいらしいところでしょうか。例えば、「Tuba mirum」でも、わざと明るい雰囲気を持たせ、ソリストもバスではなくテノールにする、といった具合です。「Lacrimosa」も、まったく似つかわしくないシンコペーションの伴奏に乗って、軽やかに歌われるといった曲調、どうあがいても、「天才」の呪縛からは逃れられない凡庸な作曲家の性、のようなものが透けて見えはしないでしょうか。「Confutatis」などは、作曲のプランがそのまんま、ですものね。
しかし、これが後半、モーツァルトの手が及ばなかった部分になると、俄然彼自身の個性が際立ってくるから、面白いものです。「Benedictus」でのソプラノソロと合唱の掛け合いなど、文句なしにチャーミング、彼が、少なくともジュスマイヤーよりは高い能力を持っていた事の証でしょう。そして、最も楽しめるのが、最後の「Lux aeterna」です。 後半にフーガで出てくる「Requiem aeternam」はちょっとショッキングですし、それに続くやはり壮大なフーガ「Cum sanctis tuis」は、なかなかの訴えかけを持ち、感動的ですらあります。
ものの本によれば、この曲はナポレオンのウィーンやライプチヒへの侵攻に対する、芸術家としての抵抗の意志を現したものなのだそうです。曲の大半を覆う時代様式を超えない脳天気なテイストからはとてもそんな事を信じる気にはなれませんが、この最後の部分にだけは、明らかにそんな気迫を感じる事は出来るはずです。ただ、最初のうちは緻密な響きが心地よかった合唱が、曲が進むにつれて次第に粗さが目立つようになり、このあたりではフーガのパートソロが悲惨な事になってしまっているのが、ちょっと残念です。
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by jurassic_oyaji | 2006-02-08 19:39 | 合唱 | Comments(0)