おやぢの部屋2
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Baltic Voices 3



Raschér Saxophone Quartet
Paul Hillier/
Estonian Philharmonic Chamber Choir
HARMONIA MUNDI/HMU 907391



2001年にエストニア・フィルハーモニック室内合唱団の音楽監督兼首席指揮者に就任したポール・ヒリアーが、2002年から進めてきたプロジェクト「バルティック・ヴォイセス」も、ついに3集目となりました。ここでは、例によって世界初CD化の曲目も含め、あたかも合唱音楽が今までに獲得したさまざまな技法の見本市であるかのような趣が繰り広げられています。
まず、いきなり素朴なパーカッションの響きに面食らってしまうのが、リトアニアの作曲家、ヴァツロヴァス・アウグスティナスの「足踏みしている花嫁」です。民謡を素材にした、踊りを伴うある種のシアターピース、これは最近の合唱団のコンサートでは欠かせないファクターでしょう。伴奏楽器の選択は演奏者に任せられていますが、ここではリコーダー、ヴィオラ・ダ・ガンバ、そしてチェンバロというバロックの楽器が使われているのがユニークさを際立たせています。
次のデンマークの作曲家ペレ・グズモンセン=ホルムグレンの「ステートメンツ」という1969年に作られた作品は、幾つかの単語(英語)を並べ替えたテキストを用いて、シンプルなフレーズを繰り返すもの。もちろん、ここからは、作曲当時はまだムーヴメントの兆しさえなかった「ミニマル・ミュージック」の萌芽を感じることは造作ないことでしょう。
フィンランドのビッグネーム、カイヤ・サーリアホの「夜、別れ」は、元々はパリのIRCAMで4人の歌手と電子音楽のために作られたもの。それを、ソリストと合唱というバージョンにしたもの(1996)が、ここで初めて録音されています。彼女ならではの複雑な「群」としての音の処理、しかし、エンディング近くでは、妙に悩ましい「あえぎ声」などが聞こえてきて、楽しめます。
もう1人のリトアニアの作曲家、リーティス・マジュリスの「眩まされた眼は言葉を失う」は、シンプルなカノン、3人目のリトアニア人アルギルダス・マルティナイティスの、まるでジョン・タヴナーのようなヒーリング・ピース「アレルヤ」とともに、耳に心地よい音楽です。
しかし、フィンランド人エリク・ベリマンの「4つの驚きの歌」では、そんな穏やかなものは期待できません。ここで用いられているのは「シュプレッヒ・コール」、曲が作られた1960年当時は、最先端の表現ツールであった、音程のない喋るような言葉で音楽を作るものです。最近ではとんと出番が少なくなっている技法ですが、言ってみれば「ラップ」のようなもの、この流れで、合唱音楽にラップが取り入れられる日も近いのでは。なんと言っても、フィンランドには「ラップランド」というところがあるのですからね。
このアルバムの中では最も新しい2003年に作られた、もちろんこれが初録音となるエストニアの作曲家エルッキ=スヴェン・トゥールの「瞑想」は、ラテン語の歌詞による現代のモテットといった趣でしょうか。特徴的なのは、サックス四重奏のバッキングが入るという点です。しかし、曲の冒頭から、まるで壊れたサイレンのように聞こえてくるテナー・サックスの音は、品位という面からは著しくそぐわないもののように思えます。この楽器にまっとうな音楽性を期待した時点で、この作品は駄作と貶められる宿命を背負うこととなりました。
その様な、硬軟入り乱れての表現技法を堪能したあとで、ポーランドの重鎮ヘンリク・ミコワイ・グレツキの「5つのクルピエ地方の歌」を聴くことには、特別の感慨を伴うことでしょう。この合唱団の深みのある女声、滑らかな男声、そして一糸乱れぬアンサンブルが醸し出す極上の響きからは、有無を言わせぬ力で、合唱音楽の到達した最良の地平の眺望が迫ってきます。
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by jurassic_oyaji | 2006-02-15 19:51 | 合唱 | Comments(0)