おやぢの部屋2
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WAGNER/Auszüge aus "Der Ring des Nibelungen"



Ben Heppner(Ten)
Peter Schneider/
Staatskapelle Dresden
DG/00289 477 6003



ベン・ヘップナーの声を初めて聴いたときのことは、今でも忘れません。それは、「ヴァルトビューネ1999」、毎年、ベルリン・フィルがシーズンの締めくくりとしてベルリン郊外の野外音楽堂に何万人というお客さんを集めて行われるコンサートでした。毎年様々な趣向を凝らして開催されるそのコンサート、ジェームズ・レヴァインの指揮による1999年のテーマは「リヒャルト・シュトラウスとヴァーグナー」、そこで、ヴァーグナーの作品からローエングリンやヴァルター・フォン・シュトルツィンクのナンバーを歌っていたのが、ヘップナーだったのです。このような役を歌う歌手は力強くドラマティックな歌い方が要求され、特に「ヘルデン・テノール(英雄のテノール)」と呼ばれています(ちなみに、「メサイア」を歌うのは「ヘンデル・テノール」)。その当時、この呼び名にふさわしい歌手は殆どいなくなってしまっていた、というのが、私の抱いていた認識でした。ヴォルフガンク・ヴィントガッセンやジェームズ・キングはもはや過去の人、最も期待されていたルネ・コロも、すでに最盛期を過ぎた情けない声に変わってしまっていました。そこに現れたのが、このヘップナーです。大きな体からやすやすと発せられた輝きに満ちた声、待望久しい、真のヘルデン・テノールに出会えた事が実感できた瞬間でした。
ヘップナーは、1956年にカナダに生まれたといいますから、今年で50歳、歌手としてはまさに円熟の域を迎える年齢となっています。しかし、「トリスタン」や「マイスタージンガー」ではステージの経験もありDVDも出ているというのに、なぜか「リング」でのヘルデン・テノールのキャラ、ジークムントやジークフリートを演じた録音は今までありませんでした。そこへリリースされたのが、このヴァーグナーの「リング」からのハイライトです。まさに待望のアルバムと言えるでしょう。
ここでのヘップナーは、単にこの2つの役を演じ分けるだけの次元ではなく、その場に応じた的確な表現を見せるという、極めてクレバーな歌を聴かせてくれています。まず、「ヴァルキューレ」(もちろん、「リング」の中でも、「ラインの黄金」にはヘルデン・テノールの出番はありません)での、いかにも若く逞しい若者といったジークムントの姿はどうでしょう。彼の内に秘めた力強さが、ストレートに伝わってきます。そして、「リング」の中でも最も美しいナンバー「冬の嵐は去り」が、いささかの甘さもない毅然とした歌い方をされるのを聴く時、私達はこの歌の本質を知る事になるのです。このラブソングは、禁断の思いを実の妹に寄せる愛の歌、しかも、その愛が成就された末に生まれた子は、悲劇的な生涯をたどる事になるという、救いようのないものなのですから。
「ジークフリート」は、タイトル・ロールである「その子」の、言ってみれば成長の物語です。ミーメの許でノートゥンクを鍛えているのは、ただの乱暴者でしかない世間知らず、それが、ファフナーが姿を変えた大蛇を退治する事によって知恵を授かり、さらにブリュンヒルデに出会い愛に目覚めるという、まさに「変態」の課程が描かれていると言ってもいいでしょう。これをヘップナーは、粗野な音色と表現から始めて、次第に深みを加えていくという歌い方の変化によって、見事に表現しているのです。「神々の黄昏」での臨終のシーンも、息をのむ程の美しさです。
ヴェテラン、ペーター・シュナイダーが率いるドレスデン・シュターツカペレは、ヘップナーが演じきったこの壮大な悲劇を、まさに職人的な緻密さで支えています。その重心の低いサウンドは、華やかさを用心深く排斥し、深みを極める事に全てを捧げているかに見えます。
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by jurassic_oyaji | 2006-04-10 20:49 | オペラ | Comments(0)