おやぢの部屋2
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VAUGHAN WILLIAMS/Mass in G Minor etc.





Norman Mackenzie/
Atlanta Symphony Orchestra Chamber Chorus
TELARC/CD 80654



1970年にロバート・ショウが作ったアトランタ交響楽団合唱団は、ショウの指揮の下、多くの録音をTELARCなどに残していました。1999年に彼が亡くなってからは、その去就が注目されていたのですが、その後にリリースされた、例えば「カルミナ・ブラーナ」とか「モーツァルトのレクイエム」では、ノーマン・マッケンジーという人が合唱指揮者としてクレジットされていましたから、恐らくこの人がショウの後を継いだのでしょう。バナナが好きなんですね(それは「チンパンジー」)。今回初めて、そのマッケンジーの指揮によるア・カペラのアルバムがリリースされました。果たして、このコンビはショウ時代の遺産を受け継ぐことは出来ているのでしょうか。
正確には、今回の合唱団は「アトランタ交響楽団『室内』合唱団」というクレジットになっています。『室内』が付かない合唱団は、200人規模の大編成で大きなオーケストラと共演する時のものなのですが、その中から40人からせいぜい60人程度までの編成になったものが、この「室内合唱団」と呼ばれる団体なのだそうです。あくまで比較の問題、確かに200人に比べれば60人でも「小編成」にはなりますね。
曲目はタリスからタヴナーまで多岐にわたっていますが、私にはヴォーン・ウィリアムスの「ミサ曲ト短調」が入っているのが、注目されます。古風な佇まいを持つポリフォニーの世界と、フランス風の響きさえ感じられるホモフォニーの世界が何の違和感もなく調和した非常にハイセンスな作品、そこにはどんな人をも魅了する簡素な音楽のエッセンスがふんだんに盛り込まれています。私にとって初めてこの曲と出会ったのがこのNIMBUS盤。その、全く無理のない発声から生まれる自然な流れは、この曲の魅力を最大限に発揮したものとして、私の愛聴盤となっています。

   NI 5083
この、慣れ親しんだ曲を、マッケンジーたちが全く別の側面からのアプローチで聴かせてくれた時には、ある種のとまどいを禁じ得ませんでした。そこからは、先ほどのイギリスの聖歌隊が持っていた素朴なまでの純粋な響きは殆ど聴き取ることは出来ず、高度なテクニックを駆使しての、力任せの強引さしか感じられなかったのです。確かに各々のメンバーの技術がかなり高いものであることは、そのメンバーがソロを務めている場面で嫌と言うほど感じることは出来ますが、それが全体として響きが溶け合って、一つの方向にまとまったメッセージを発するということが、まるで伝わってこないのです。フレーズの最後が、何の余韻も感じられない即物的なものであるのも、物足りません。これは、最初に収録されているメシアンの「おお、聖餐よ」で、悲しいほどに実感できてしまいます。各パートの音は、他のパートと溶け合うことは決して無く、メシアンが築き上げた宝石のような和声はついぞ姿を見せることはありませんでした。デュリュフレの「4つのグレゴリアン・モテット」も、この曲がどれほどの繊細な取り扱いを必要とされているかが如実に分かってしまう演奏だ、としか言いようがありません。
従って、彼らの資質は、エーロン・コープランドの「4つのモテット」という、リズミカルな処理が要求される曲で、最大限に発揮されることになります。ここで聴かれる統制のとれた生き生きとした音楽こそが、彼らの最大の魅力なのでしょう。
このレーベルの合唱に対する録音のポリシーには失望されることが多かったものですが、ここでもそのひどさは際立っています。いたずらにホールトーンだけを拾って、声の持つ「芯」が完璧に抜けているこの劣悪な録音によって、この合唱団の欠点はさらに助長されることになりました。
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by jurassic_oyaji | 2006-05-08 20:03 | 合唱 | Comments(0)