おやぢの部屋2
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BACH/St Matthew Passion
Van der Meel, Schöfer(Ten)
Nolte, Chun, Müller-Brachmann(Bas)
Couwenbergh(Sop), Kielland(Alt)
Helmut Müller-Brühl/
Dresden Chamber Choir
Cologne Cathedral Boy's Choir
Cologne Chamber Orchestra
NAXOS/8.557617-9



「ダ・ヴィンチ・コード」の映画がいよいよ公開されますね。この世界的なベストセラーの原作の中に盛り込まれた新しいキリスト教の姿も、今まで以上に大きな話題となっていくことでしょう。もちろん、これはこのアクション小説(そう、これは決して「ミステリー」などではありません)を彩る単なる飾りであって、物語の本質とはそれほど強い関わり合いがあるわけではないのですが、センセーショナルな報道攻勢の前には、そんな正論の声は弱まりがちになります。
しかし、いかに「飾り」とは言っても、これだけの露出を誇る書物の中で扱われれば、そんな、「今まで誰も知らなかった」とされるトリビアに興味を惹かれる人は多くなってくることでしょう。しかも、その内容が非常に面白いとくれば、それだけで今までキリスト教などにはなんの関心もなかった人にまで、この「人間的」な「真実」は受け入れられていくに違いありません。
バッハが「マタイ」を作った時には、聖書の中身を疑うような不埒なことがあったはずもありませんから、もちろんこの曲の中には長いこと受け継がれてきた物語が息づいています。しかし、今、様々な見方があることを知ってしまった私達がこの曲を聴いたり、あるいは演奏する時に、バッハの時代とは少し異なったスタンスを取りたくなってくることだったら、もしかしたらあるのかも知れませんね。
2005年5月という、恐らく現時点では最も新しい録音のこの「マタイ」には、ひょっとしたらそんな考えが反映されているのではないか、などと根拠のない憶測を働かせてしまうほど、この演奏は爽やかな風を運んでくれるものでした。それを象徴しているのが、イエス役のノルテの「軽さ」でしょうか。いかにも犯しがたい存在のように、重く深刻な歌い方をする人の多い中で、この人は実にはかなげなイエスを演じてくれています。これだったら、マグダラのマリアとも温かい家庭を築けるのでは、という感慨もわいてこようというほどの、それは庶民的に感じられるイエスです。
もう一人のバス歌手、ミューラー・ブラッハマンのアリア「Komm süßes Kreuz」でのオブリガートにも、深刻なヴィオラ・ダ・ガンバではなく、ほどよい軽さを持ったリュートが使われているのが、非常に印象的です。ガンバだとどうしても「頑張らなくっちゃ」って気になりますものね。エヴァンゲリストのファン・デア・メールも、やはり深刻な表現とは無縁。直球勝負の潔さが光ります。
女声は、ちょっと力不足でしょうか。ソプラノのコウヴェンベルクの声は、いくらなんでも軽すぎ、ちょっと大きなアリアではテンションが持続していません。アルトのシエランは、声には深いものがありますが、ちょっと表現がワンパターンなのが耳に付きます。
しかし、なによりも、合唱がとても素晴らしいために、そんな傷は殆ど気にはなりません。ハンス・クリストフ・ラーデマンの下振りによるドレスデン室内合唱団という、あの数々の合唱の名盤で知られるCARUSレーベルにも登場している団体は、信じがたいほどよく溶け合った響きを駆使して、ある種手垢だらけのこの曲の姿を、それこそ修復されたダ・ヴィンチの「最後の晩餐」のようなすがすがしいものに変えてくれました。大詰めの「Wir setzen uns」が異様なほど速いテンポであっさり歌われたとしても、彼らの完璧なハーモニーの積み重ねが繰りかえされれば、それは重苦しさとは別の、軽いけれどもしっかり深みは伴っているという、スマートな感動を与えてくれるのです。
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by jurassic_oyaji | 2006-05-15 20:23 | 合唱 | Comments(0)