おやぢの部屋2
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PERGOLESI/Stabat Mater

Emma Kirkby(Sop)
Catherine Denley(Alt)
Simon Johnson/
St Albans Abby Girls Choir
London Baroque
LAMMAS/LAMM 184D



アルバムのメインはペルゴレージの「スターバト・マーテル」ですが、「銀河鉄道999」は入っていません(それは「マツモトレージ」)。録音されたのは2005年、そして、メインのアーティストは、今年創立10周年を迎えるという、7歳から15歳までの少女25人から成る合唱団です。もちろん、私としてはソリストとして参加しているカークビーがお目当てなのは、言うまでもありません。1988L'OISEAU-LYREに録音されたこの曲の精緻な演奏が忘れられないものとしては、それから20年近く経ってカークビーがどのように変化を遂げているかも興味があるところです。しかも、このアルバムの最初と最後には、私が最初に彼女と出会った曲、ヒルデガルト・フォン・ビンゲンの「O Euchari」と、モンテヴェルディの「Confitebor tibi」までもが入っているではありませんか。こちらはもう20年以上前のこと、出来たばかりのマイナー・レーベルHYPERIONの、これも出来たばかりのコンパクト・ディスク(CD、ですね)から聞こえてきたカークビーの声を聴いた時の衝撃は、今でも忘れることが出来ません。クラシックの女声歌手といえば、ベル・カントでビブラートたっぷりに歌うのが当たり前、と思っていたところに現れたこの声、無理に張り上げなくても、ビブラートを付けなくても、こんな美しい声を出すことが出来るのだと、まさに目から鱗が落ちる思いでした。それは、この時代の音楽になんとよくマッチしていたことでしょう。
L'OISEAU-LYRE/425 692-2

HYPERION/CDA66039(1981)

HYPERION/CDA66021(1981)

今回のCDは、教会の中で録音されたもの、少女の合唱も、彼女のソロもとても雰囲気のあるソフトな音で収録されています。しかし、その様な素晴らしい録音だからこそ、彼女の声がすっかり変わってしまったことがはっきり分かってしまうという残酷な体験にも遭わざるを得なかったとは。最初のトラックのヒルデガルトでは、HYPERION盤で長らく親しんできたピュアなイノセンスは全く失われ、そこからはどこにでもいるただの歌手の声しか聞こえてはこなかったのです。以前の彼女には、声自体にしっかりとした存在感がありました。しかし、今ではそれが希薄になってしまった分、いたずらに策を弄している姿だけがありありと伝わってくるのです。言ってみれば、何も手を加えなくてもそれだけでおいしい新鮮な食材と、香辛料やソースでごまかさなければ食べることの出来ない食材との違いのようなものでしょうか。
ペルゴレージでも、その辺の感触は同じです。今回はL'OISEAU-LYRE盤のようなソリスト2人だけで演奏されたものではなく、一部の曲が合唱に置き換えられています。その合唱については何も語らないことにして、ここでのカークビーも全く別の人ではないかと思えるほどの変わりようであったのには、失望させられてしまいました。彼女は6曲目の「愛しい御子が苦悶の中に息絶えるのを見られた」という意味のテキストのソロ「Vidit suum dulcem natum」で、88年には後半にとてつもないピアニシモを聴かせてくれていました。それは、まさに聖母の哀しみが痛いほど伝わってくる、殆ど聞こえるか聞こえないような、それでいて確かな力を伴ったものでした。今回も、彼女はそれと非常に「似た」ことをやっています。しかし、そこからは、あの背筋の凍り付くような表現とは全く異なる、単なる作為のようなものしか感じらなかったのはなぜなのでしょう。
かつて私を感動させた彼女の声は、彼女以外の誰にも出すことの出来ないものでした。しかもそれは同時に、ある時期の彼女以外には、決して出すことが出来ないという、何とももろくはかないものだったのです。
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by jurassic_oyaji | 2006-05-25 20:44 | 合唱 | Comments(0)