おやぢの部屋2
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GRAYSTON IVES/Listen Sweet Dove




Bill Ives/
The Choir of Magdalen College, Oxford
HARMONIA MUNDI/HMU 907420



「キングズ・シンガーズ」という1968年に結成されたコーラスグループについては、ここでたびたび取り上げているのでお馴染みのことでしょう。代表作は「なみだの操」ですね(それは「殿様キングス」)。オリジナルのテナーのメンバーだったアラステア・トムソンの後を受けて1978年からこのグループに加わったのは、ビル・アイヴズという甘いマスクと声を持った小柄な人でした。彼は1985年まで在籍し、そのポストをこのグループの歴史上最悪のテナーだったボブ・チルコットに譲ることになるのです(ちなみに、彼もすでに脱退して、現在は4代目テナーのポール・フェニックスがメンバーとなっています)。私が彼らのステージを初めて聴いた時のテナーがこのアイヴズ、彼のソロは、とことん魅力的でした。
そのアイヴズが、何と、今では聖歌隊の指揮者としてこんなCDを出しているなんて、初めて知りました。しかも、これがこのレーベルへの3作目というのですから、本当に迂闊でした。しかし、キングズ・シンガーズ時代から20年以上経つと、こんなに変わってしまうものなのですね。これでは道で出会っても(あり得ませんが)絶対に分かりません。

さらに、サプライズは続きます。このアルバムは、彼が指揮をしているオクスフォード・モードレン・カレッジ聖歌隊が、「グレイストン・アイヴス」という人の作品を演奏しているというものなのですが、この「グレイストン」というのは、ビルが曲を作る時に使うペンネーム、つまり、これは彼の自作自演盤だったのです。そこで、改めて彼の経歴を調べてみると、学生時代にはリチャード・ロドニー・ベネットに師事していたり、教会のオルガニストを務めていたということも分かりました。ここに収められた彼の作品は1973年から2000年までのもの、キングズ・シンガーズをやっている間も、彼はすでに「作曲家」だったのですね。
というのは、ただの「ゴシップ」に過ぎません。ここで私達が聴くことが出来るのは、卓越した指揮者によって非常にハイレベルの訓練を受けた合唱団が、心の琴線に触れるすべを心得た優れた作曲家の作品を見事に演奏している姿以外の何者でもありません。
この聖歌隊は、ソプラノパートだけが少年によるもので、アルトは成人男声が受け持っています。従って、この手の合唱団にありがちな不安定さが殆ど感じられないというのが特色です。「Ego sum panis vivus」と「In pace」という2曲が、アルトも含む「男声」だけのための曲ですが、その済みきった響きは素晴らしいもの、そんな男声に支えられてトレブルパートが加わった時、そこには信じがたいほどの純粋な世界が広がります。
アイヴズの作品はまさに中庸を心得たオーソドックスなたたずまいを持ったものです。1973年のタイトル曲「Listen Sweet Dove」に見られるキャッチーでシンプルな持ち味が、おそらく彼の作品の原点なのでしょう。しかし、その後の作品の中にはさらに魅力的な要素がふんだんに盛り込まれているのを感じることが出来るはずです。この中でもっとも大規模な作品が、エドワード・ヒギンボトムから委嘱を受けた「ミサ・ブレヴィス」ですが、そこにはあのデュリュフレをも思わせるような猥雑さが漂うほどの魂が見え隠れはしていないでしょうか。「Lord, is it I?」という、今をときめくダ・ヴィンチの「最後の晩餐」をモティーフにした曲での行き詰まるほどの緊迫感はどうでしょう。「A Song of Divine Love」では、8つの声部から成る精緻なハーモニーが、まるでメシアンのような趣をたたえています。かと思うと、「Nos autem gloriari oportet」などは、作曲者自身も述べているように、まさにブルックナーのモテットが持つ振幅の大きな世界です。
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by jurassic_oyaji | 2006-05-31 19:39 | 合唱 | Comments(0)