おやぢの部屋2
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GUBAIDULINA/The Deceitful Face of Hope and Despair, Sieben Worte

Sharon Bezaly(Fl)
御喜美江(Acc)
Torleif Thedéen(Vc)
Mario Venzago/
Gothenburg Symphony Orchestra
BIS/SACD-1449(hybrid SACD)



グバイドゥーリナの2005年の新作、フルート協奏曲が届きました。T・S・エリオットの詩からの引用が表題としてついていますが、「希望と絶望の偽りの顔」とでも訳すのでしょうか、なにやら意味深です。作曲家自身のライナーノーツによると、「異なった音程の音を同時に鳴らす時に生じるパルス」が、「希望」やら「絶望」のメタファーとなっていると言うことなのですが、ちょっとこの「理論」自体に理解不能なところがあって、それが作品の中にどのような形で反映されているのかを知覚するのは、私の能力の範囲を超えています。
それよりも、おびただしい数の打楽器と、ピアノやチェレスタも含むという巨大なオーケストレーションが生み出す振幅の大きい音色の変化を楽しむという聴き方の方が、ストレスが少なくて済むのでは。何しろ、冒頭の本当に何も音がないところからドラムがかすかに鳴っている、という場面は、CDプレーヤーが壊れてしまって、隣の神社でやっているお祭りの神楽かなんかが聞こえてきたのでは、と本気で思ってしまうぐらいの、リアリティにあふれるものでしたから。もちろん、そこに金管楽器がまるでクセナキスのような深刻なアコードを打ち込み始めれば、それがこの作曲家のいつもの手口だと分かることになるのですが。
弦楽器のグリッサンドなどがフィーチャーされてますますクセナキスっぽくなったあたりで、アルトフルートのソロが始まります。しかし、フルート曲が好きな聴き手であれば、この最初のテーマには言葉を失ってしまうことでしょう。その「AsGA」という、半音下がって全音上がるという音形は、ヴァレーズの「Density 21.5」という古典的な名曲のテーマと全く同じものなのですから。これがさまざまな高さで何度となく繰り返されますから、嫌でもヴァレーズが連想されてしまうということになってしまいます。一体、これは何の「メタファー」なのでしょう。
妙に「武満」っぽい響きが聞こえる中で、最初に訪れるクライマックスでは、普通のフルートに持ち替えたベザリー嬢の得意技、「循環呼吸」によるクロマティックスケールの嵐を堪能できますよ。そして後半は、タムタムに導かれてバスフルートの登場です。チューバやチェロともども、瞑想的でしっとり聴かせる場面が訪れます。ここでも「ヴァレーズ」が聞こえてくるのが耳障りですが、なかなか美しい場面ではあります。そして、エンディングでは、再度お約束の循環呼吸に舌を巻いて頂きましょう。ウィンドチャイムの驟雨が減衰していく頃には、この曲を献呈者のベザリー嬢以外のフルーティストが取り上げることはあるのだろうか、という感慨がわいてくることでしょう。
もう一つの協奏曲は、1982年に作られたチェロと「バヤン」のための「7つの言葉」、もちろん、聖書にある十字架上のイエスの7つの言葉という、シュッツやハイドンの作品で有名な題材によるものです。バヤンというのはロシア特有のボタン式アコーディオン、昔はやったロシア民謡「トロイカ」の2番だかの歌詞に「響け若人の歌/高鳴れバイヤン」というくだりがありますが、その「バイヤン」です。余談ですが、ロシア人はお寿司が大好きだとか、中でも、トロイカが・・・。
ここでは、そのバヤンはアコーディオンによって演奏されています。こちらのオーケストラは弦楽器だけ、渋い音色に支配される中で、6つ目の「言葉」でいきなり現れるアコーディオンのソロによる荒れ狂うようなカデンツァが衝撃的です。そして、最後の「言葉」の、まるで全てが浄化されたような風景は、大きな感動を呼び起こすことでしょう。作品としては、こちらの方がはるかに深みに達しているのでは、と感じられる瞬間が、そこにはあります。
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by jurassic_oyaji | 2006-06-05 19:47 | 現代音楽 | Comments(1)
Commented by KawazuKiyoshi at 2006-06-13 14:48
初めまして。
フルーティストって調べたらこのサイトに行き着きました。
この頃の新曲は音楽かなーと想わせるものが多いので、
敢えて古典的な曲を作っています。好かったら聴いてみてください。
武満の曲は別ですがね。あの奏法はどう書くのかナー。