おやぢの部屋2
jurassic.exblog.jp
ブログトップ
WAGNER/Die Walküre


Astrid Varnay, Gré Bouwenstijn(Sop)
Ramón Vinay(Ten), Hans Hotter(Bas)
Joseph Keilberth/
Orchester der Bayreuther Festspiele
TESTAMENT/SBT4 1391



ヴァーグナーの「指環」のステレオによる全曲録音といえば、ジョン・カルショーが1958年から1965年にかけてスタジオで行ったものが、「世界初」とされています。しかし、そのカルショー自身もその著書「Ring Resounding」の中で述べているように、これに先だつ1955年に、すでにそのカルショーのレコード会社DECCAが、バイロイト音楽祭の「指環」全曲をステレオでライブ録音していたのです。その時に、この生まれて間もないテクノロジー「ステレオ」の技術担当として、実際にその録音に立ち会ったのが、後に「チーム・カルショー」の一員となるゴードン・パリー、彼がバイロイトで得たノウハウが、後のスタジオ録音の際に大きく寄与している、というのが、カルショーがその著書の中でこの録音に関して触れた記述です。その前の「その録音の商業的発表を妨げるさまざまな契約と直面(黒田恭一訳)」という述懐こそが、まさにこのCDが50年の歳月を経て初めて世に出た録音である事を裏付けるものなのです。
そんな貴重な「お宝」、先日の「ジークフリート」に続いての、「ヴァルキューレ」の登場です。他の2作も順次リリース、今年中には「世界初」のステレオ録音による「指環」が全てCDで揃う事になります。
定評のあるTESTAMENTのマスタリング、そしてもちろん、当時最先端を誇っていたDECCAの録音技術は、この50年前の録音から、信じられないほど生々しい音を届けてくれました。弦楽器の音はあくまで艶やか、もちろん第1ヴァイオリンが上手から聞こえてくるというバイロイト独自のシーティングが、きっちりとした音場となって伝わってきます。管楽器も目の覚めるようなクリアな録られ方、ソロ楽器もはっきりと聞こえます。そして何にも増して素晴らしいのが、ステージ上の歌手の声です。制約の多いライブ録音で、これほど多くのソリストがしっかり「オン」で捉えられているのは、殆ど奇跡に近いものがあります。第3幕の冒頭の、ヴァルキューレたちがお互いを呼び交わす場面など、とてつもないリアリティに溢れています。これで50年前の録音!
そんな素晴らしい録音で、「凄さ」を存分に味わえるのが、ブリュンヒルデ役のアストリッド・ヴァルナイです(そういえば、これはCDだけではなく、ヴァイナル盤も発売されるとか)。第3幕半ばでのヴォータンに対するモノローグの鬼気迫る歌唱には、圧倒されてしまいます。よく響く低音を生かして、完璧に自分の歌として歌わない限り決して生まれないような独特のルバートを交えて奏でられるこの「アリア」は、まさにライブ録音ならではの格段の魅力を持つ事になりました。しかし、それに対するヴォータンのハンス・ホッターは、この10年後にカルショーのセッションに臨む時には、もはやコントロールのきかないビブラートでボロボロになってしまう予兆を感じさせる、うわずった音程が気になってしょうがありません。
カイルベルト指揮のこの劇場のオーケストラは、この録音がまさに「記録」としての価値を持つ事をまざまざと見せつけてくれるものでした。これによって私達は、半世紀前の「ヴァーグナーのメッカ」ではどのような演奏がなされていたかを、まさに今録音されたばかりのようなみずみずしい音によって、手に取るように知る事になるのです。指揮者の趣味もあるのでしょうが、それは煽り立てるエネルギーは有り余るほどあるくせに、繊細さが決定的に欠けているという、「無骨」などという形容詞すら褒めすぎかも知れないと思えるほどのものでした。金管楽器の乱暴なまでの力強さがそれに花を添えます。「ヴァルハラのテーマ」を吹くヴァーグナーチューバほどのおおらかさはありませんが、その音程のアバウトさには、つい微笑みを誘われてしまいます。
カルショーが彼の「指環」を制作した時には、バイロイトが反面教師になったと、先ほどの著書では述べられています。それはもちろんヴィーラント・ヴァーグナーの演出に対するコメントなのですが、もしかしたらその中にはこんなオーケストラの印象も含まれていたのでは、と想像してしまうほど、それは醜いものでした。
[PR]
by jurassic_oyaji | 2006-06-14 20:09 | オペラ | Comments(0)