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VILLETTE/Choral Works




Stephen Layton/
Holst Singers
HYPERION/CDA 67539



1926年に生まれて1998年に亡くなったフランスの作曲家ピエール・ヴィレットは、パリ音楽院ではあのピエール・ブーレーズと同じ時期に学んだ人ですが、その作風は同じファーストネームを持つこの「アヴァン・ギャルド」とは全く異なるものになっています。彼の音楽の出発点はグレゴリアン・チャントや中世の音楽、そしてジャズでした。フォーレ、ドビュッシーあたりの流れをちゃんと受け継ぎ、プーランクやメシアン、そしてデュリュフレのようなテイストを持つに至ったその作品のエッセンスは、この、彼の手になる全てのモテットを収録したアルバムによって存分に味わうことが出来るでしょう。
そのデュリュフレの助力によって、1941年、15歳でパリ音楽院に入学したヴィレット少年が作った最初のモテットが、「Ave verum」です。ここには、まだ後年のような色彩的なハーモニーは感じることは出来ませんが、曲の最後が終止していない和音などというのは、かなりユニークなものがあります。そして、この「解決しない和音」は、後の彼の合唱曲の一つの特色ともなるのです。1954年ごろに作られたフランス語による「Hymne à la Vierge」は、美しいメロディーとジャズ風の和声が心地よい曲です。こんな素敵な曲を、将来妻となる女性に捧げるのですから、なかなかの情熱家でもあったのでしょう。
彼は1957年にはブザンソン、そして1967年からはエクサン・プロヴァンスの音楽院の校長という職務に就くことになります。ブザンソン時代に作られた「Strophes polyphoniques pour le Veni Creator」は、グレゴリアン・チャントをそのまま使うという、非常に珍しいものです。「polyphoniques」とあるのは、最後の「amen」に対する、これも非常に珍しいポリフォニックな処理。その結果、この曲は、他のモテットとは全く異なるたたずまいを持つことになりました。
彼の合唱作品は、フランス国内よりは外国、特にイギリスで早くから認められていました。その先鞭をつけたのが、ウースター大聖堂聖歌隊の指揮者だったドナルド・ハントです。1970年の半ばに、彼はヴィレットのモテットを数多く演奏会で取り上げたり、レコード録音を行います。このレコードが作曲家の耳にとまり、この2人は終生深い友情で結ばれることになるのです。そして、1983年には、その友情の証として、23年ぶりとなるモテットの筆をとります(1960年から、彼はモテットを作っていません。この間、1970年と1981年には、かなり大きなフランス語によるミサ曲を作っています)。「Attende, Domine」というその曲は、印象的な全音音階を、彼ならではの和声で彩るという、新しい境地を拓くものでした。そして、そこにはフランスの合唱音楽の伝統に根ざした豊かな世界が広がっています。
1987年に校長の職を引退してからは、作曲に専念できるようになり、そこでこのジャンルでの最高傑作と言える「Inviolata」が誕生します。最も多い部分では20声部にもなるという複雑なスコアからは、ある時は寄り添い、ある時は全く異なる音楽を奏でるという、信じがたいほど壮大な宇宙を感じることが出来るはずです。そして、その様な一つのピークを形作ったあとに作られた5つのモテット「O quam amabilis」、「Notre Père d'Aix」、「O quam suavis est」、「Jesu, dulcis memoria」、「Panis angelicus」からは、すっかり力の抜けた、清らかな世界が味わえます。それはまさに芳醇なハーモニーの極み、エンディングに仕掛けられたほんのちょっとした「罠」は、まさに老獪のなせる業でしょうか。
おそらくこれが初めてとなる「モテット全集」は、彼の作品が最も愛された国の演奏家による録音によって、豊かすぎるほどの命を吹き込まれることになりました。その完璧なハーモニーは、あくまで自らの意志でのみ曲を作り、それによって神の栄光に迫ろうとした彼の音楽を見事に形あるものにしています。その上で、レイトンの求めるダイナミックスに応じることが出来るだけの資質がホルスト・シンガーズに備わっていたならば、何も言うことはなかったのですが。
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by jurassic_oyaji | 2006-06-16 20:06 | 合唱 | Comments(0)