おやぢの部屋2
jurassic.exblog.jp
ブログトップ
MAHLER/Symphony No.8


Soloists
Antoni Wit/
Warsaw Boys Choir
Warsaw National Philharmonic Choir and Orchestra
NAXOS/8.550533/34



このレーベル、本当に最近の躍進ぶりはめざましいものです。それを象徴しているのが、ジャケットのデザインの変化。左上にあるロゴマークがかつては黒字だったものが、今では青い背景に白抜きという粋なものに変わってきています。ほんのワンポイントですが、この違いはかなり大きなもの。これだけで、今までの垢抜けない印象がいっぺんに変わってしまうのですからね。そう思いませんか?
マーラーの交響曲をずっとクリムトのジャケットで出してきたヴィットですが、今までの「3、4、5、6番」ではまだ「白抜き」にはなっていません。それは、彼が2000年まで音楽監督を務めていたカトヴィツェのポーランド国立放送交響楽団との録音なのですが、今回の「8番」は2002年からの彼のポストを提供してくれたワルシャワ国立フィルとのもの、まるでよりランクの高いオーケストラとの演奏を記念するかのような、このジャケットの扱いです(たかがデザインで、そこまで・・・)。しかも、今回のクリムトの「花嫁」はより官能度がアップしていますし(そんなおやぢではいかんのう)。
このコンビでの演奏では、すでに「ルカ受難曲」を聴いています。あの時に受けた知的な印象は、ここでも健在でした。おそらくヴィットという人はこのような大編成の入り組んだスコアを音にするということにかけては並はずれたセンスを持っているのだということが、今回もまざまざと感じられることになります。
そんな指揮者の力量を余すところなく録音として伝えることに成功したエンジニアの力に、まず、驚いてしまいます。数多くのソリストや2群の合唱、そしてオルガンまで入った大編成のオーケストラというとてつもない音響を、彼らは全く濁らせることなくCDに収めてくれました。そのやり方は、まるでジオラマのようにパートごとの遠近感を持たせるという方法でした。例えば、第2部の練習番号77番からの「やや成熟した天使たち」の場面では、ソロヴァイオリン、その奥のオーケストラ、そして合唱、さらにはアルトのソロが、それぞれ程良い距離感を保ってあるべき場所から聞こえてくるという、非常にスマートな音場設定をとっているのです。その結果お互いが全く別のことをやっているという究極のポリフォニーを、マーラーが意図したとおりの分離の良さで味わうことが出来ることになったのです。
ヴィットの指揮は、予想通りクレバーなものでした。それは、もしかしたら「マーラーらしさ」からはほど遠い表現なのかも知れません。第2部の冒頭あたりからの管楽器の美しすぎるほど澄みきった響きを聴くに付け、そんな思いは募ります。淡々とした流れを突然断ち切るファーストヴァイオリンのフレーズ(練習番号14番)が、あまりに冷静なのにも驚かされます。しかし、それは決して不快な思いを抱かせるものではありませんでした。それどころか、非常によく訓練された合唱ともども、このオーケストラは極めて精緻でなおかつ見晴らしのよい世界を見せてくれていたのです。それは、それこそジャケットのクリムトのような「くどさ」とは全く無縁の心地よい世界のように感じられるものでした。
ところが、肝心のソリストたちがことごとくそんな世界をめちゃめちゃにしてしまっています。中でも「懺悔する女」のエヴァ・クウォシンスカが最悪。とてもソリストとは思えない稚拙な歌は指揮者の意図を汲む余裕などあろうはずもなく、見事にその場を台無しにしています。テノールのティモシー・ベンチも、この曲に要求される芯の太さが全くない悲惨なキャラ、彼らの尽力で、数多くの今までの「名演」がその存在を脅かされるという事態は、幸いにも避けられることとなりました。
[PR]
by jurassic_oyaji | 2006-06-29 20:18 | オーケストラ | Comments(0)