おやぢの部屋2
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3時間でわかる「クラシック音楽」入門









中川右介著
青春出版社刊
ISBN4-413-04145-3


ここを訪れる皆さんは、クラシックにかけては「達人」と自他共に許す「クラシック・ファン」もしくは「クラシック・マニア」なのですから、今さらこのような入門書は必要ないはずです。そんなものをあえて取り上げたのは、クラシック界にまで(だからこそ)蔓延しているマニュアル依存の体質が、この書物によって見事に透けて見えるようになったからです(もっと透けて見えるのは「エマニュエル」)。
人がクラシックに親しむようになるには、どのような体験が必要なのでしょう。著者の主張は「最高のものを聴け」です。そして、その「最高のクラシック」を、抽象的な形ではなく、誰にでもはっきり分かる形で示すのが、マニュアルの基本です。それをやっているのが、まず凄いところ、それは、「フルトヴェングラーが1951年にバイロイトで録音した、ベートーヴェンの『第9』」だと言い切っているのです。そこで、早速「初心者」になりきってそのCDを聴いてみることにしました。この本にも述べられているように、もはや著作隣接権が切れている音源ですから、最近は様々な形で「商品」が出回っています。その中で選んだのがこれです。なんでも、HMV(つまり英GRAMOPHONE=EMIの初期のミント盤(つまり手つかずの「新古品」)などという「あり得ない」ものが手に入ったのだとか、たとえ板起こしであろうが、「最高」の演奏に接するためには、このぐらい価値のあるものでなければダメなのでしょうね。ちなみに、元は2枚組、4面からなるヴァイナル盤ですが、記載されているマトリックス番号を見ると、1枚目には第1楽章と第4楽章、2枚目には第2楽章と第3楽章が入っています。これは、2枚重ねてセットすると連続して演奏してくれる「オート・チェインジャー」用のカッティング、これだと、途中で1回裏返すだけで、全曲を聴き通すことが出来ます。

  OTAKEN/TKC-301

お恥ずかしい話ですが、この演奏をきちんと聴いたのはこれが初めてのことでした。スクラッチノイズだらけのいかにもバランスの悪い音は、古色蒼然たるもの、しかし、その中からは演奏家の気分を最大限に反映させるという当時の様式そのものの音楽がまざまざと聞こえてきたではありませんか。なかでも、第4楽章のテンションの高さはまさに異常としか言いようのないものすごいものでした。確かに、戦後バイロイトが再開されたという特別な状況の中でしかなし得なかったような、とてつもない情感が、その演奏の中には宿っていたのです。
こんなすごいものを初めて聴かされたとすれば、その人は一生クラシックから離れることは出来なくなってしまうはずだと、クラシックの達人は思うことでしょう。これほどの演奏に心を動かされない人なんか、いるはずはない、と。しかし、世の中そんなに甘いものではありません。同じものを聴いても、それを受け取る感性は千差万別、ツボにはまる人もいればそうでない人もいるというのは自明の理です。ある人にとって、それはビートルズだったでしょうし、別の人にとってはマイルスだったはず、私たちは、たまたまクラシックで「ピンと来る」ものを感じてしまったから、ここまで来てしまっているのではないでしょうか。
大切なのは、幸福な「出会い」、知識はその後に付いてくるものです。著者が、つまらないと決めつけている教育の中での「音楽教室」でさえ、目を輝かせて同じ波長を感じている少年は必ずいるものです。そこでクラシックに出会った少年ならば、自分の力でもっと面白いものを探し、どんどん「達人」の域に達していくことでしょう。
指揮者の末廣誠さんが、「ストリング」という雑誌に連載しているエッセイで、面白いことを書いています。ポーランドのさるオーケストラでは、定期演奏会の本番前のリハーサルを、子供達に解放しているというのです。もちろん、曲目は定期に取り上げるものですからなんの妥協もありませんし、なんと言っても本番前ですから、かなり立派な演奏になっています。「最高」ではないかも知れませんが「本物」ではある音楽に、子供達はとても生き生きと聴き入っている、ということなのです。
そういう「出会い」の無い人間が、いかにマニュアル通りに学習したとしても、本当にクラシックを愛する人になるはずはありません。それに気づかない人がまだいるということを、この本は教えてくれています。
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by jurassic_oyaji | 2006-07-02 19:51 | 書籍 | Comments(0)