おやぢの部屋2
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Save the Last Dance for Me
 ちょっとした縁があって、さる女子高の合唱団の定期演奏会に行ってきました。仙台の南部にあるこの高校、昔から合唱のレベルは非常に高く、数々のコンクールで良い成績を収めているところです。そのコンクールの様子をテレビで見たことはありますが、「生」はまだ聴いたことがありませんでした。
 てっきり、会場は旭ヶ丘のコンサートホールだと思っていたのですが、チケットを見ると、何と、県民会館でやるのだというではありませんか。それも、開場前から並んでいないことには席がなくなってしまうかもしれない、などという噂も耳に入ってきます。これだけでも集客力がハンパでないことが分かります。
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 ステージを見て、その集客力の根拠が分かりました。どうです。5列にもなっていっぱいに広がり、150人近くの団員がいるのですよ。一人10枚売っても、県民会館のキャパを軽く超えてしまいます。まあ、実際には私が座った2階席などは割と空いていましたから、1000人ちょっとという感じでしょうか。
 この写真は最初に校歌を歌った時で、団員が指揮をしていますが、指揮者のK先生が振っている時でも、この歌い方は変わりません。この大人数で繰り広げられる女声合唱、確かに素晴らしいハーモニーを聴かせてくれていたのですが、どこか醒めたところがずっと気になっていました。ふと気が付くと、歌っている人たちは誰も指揮者を見ていないのですね。本当かどうかは分かりませんが、私にはそうみえました。つまり、山台が一直線に組んであって、その上のメンバーは真っ正面のお客さんに顔を向けて歌っていたのです。真ん中の人ならともかく、両サイドの人など、これでは指揮者の顔が見えないどころか、ほとんど視界にも入らないはずです。しかし、指揮者を見ていなくてもそのアンサンブルは完璧でした。おそらく日常的に「内部で合わせる」という訓練を行っているのでしょう。そして、表現も、指揮者のサインなどに頼らなくても即座に出てくるように、徹底してたたき込まれているのではないでしょうか。その結果、全ての団員がお客さんと直接コンタクトしているかのような、こんな歌い方が可能になったのでしょうね。
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 これは、ある意味とても素晴らしいことではないでしょうか。2番目のステージで3年生だけが行った演奏では、こんな風に全員が踊りながら歌うというパフォーマンスを披露してくれました(生足!)。もちろん指揮者なんかいません。何の「指揮」がなくても全員がきちんと揃って歌える素地が、この合唱団にはあるのでしょう。
 ただ、本番での指揮者とのコンタクトいかんによって、出来てくる音楽が大きく違ってしまうことを身をもって体験している私たちには、このような演奏のあり方にはちょっと懐疑的にならざるを得ません。先ほど感じた「醒めた」印象も、そんなところに由来していたのかもしれません。しかし、最後のアンコールで歌われた「ラストダンスは私に」では、そんな居心地の悪さなど全く感じられない緊密な表現が見られたではありませんか。もしかしたら、指揮者とのコンタクトは想像以上に深いものがあったのかもしれません。
 50年近くもの間、このK先生やその前のT先生などによって育て上げられたこの合唱団、しかし、現在この宝物のような団体が存亡の危機に立たされています。それは、このような女子高を(もちろん男子高も)廃止して、全て共学の高校にしてしまおうというバカな政策です。今日の会場でも、その事を訴えるプリントが配布されたり、団員や、来賓の同窓会長の挨拶の中でも、その様な意志が聞き取れる部分がありました。おそらく、今日演奏した人たちの中にこの政策を喜ぶ人など、1人も居ないのではないでしょうか。これがどんなメリットをもたらすものかは知りませんが、女声合唱という一つのかけがえのない「文化」を消し去ってしまうことだけは確実なことを、知るべきでしょう。
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by jurassic_oyaji | 2006-07-22 21:30 | 禁断 | Comments(0)