おやぢの部屋2
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エスクァイア日本版 9月号








エスクァイア マガジン ジャパン刊
雑誌コード
11915-09


桑野信介さんという建築デザイナーが、最近のクラシック界の話題を独占しています。たしかに、彼の持つ確固たる自己の世界と、それを頑なに貫き通そうというスタイルは、全てのクラシックファンの共感を呼ぶに違いありません。彼が好んで聴くマーラーやショスタコーヴィチ、ヴァーグナーなどは、まさに偏屈なクラシックファンの嗜好の王道ではありませんか。そこに日本語による「魔王」などでフェイントをかけられたりすれば、ますますファンは増えることでしょう(あ、「結婚できない男」というドラマの話です)。
そんな信介(つまり、阿部寛)あたりが定期購読していそうな「ちょっとリッチな趣味」が売り物のこの雑誌がクラシックを特集するなどというのは、あまりにも出来すぎた話ではないでしょうか。そのタイトルも「発見、クラシック音楽。」、表紙を飾る写真の、サンクトペテルブルクのフィルハーモニーでリハーサル中のサンクトペテルブルク・フィルという渋さには、信介ならずともつい手が伸びてしまいます。
このような、あまたの「ハウツー本」とは一線を画した、あくまで高いクオリティの情報を提供しようとする媒体の場合、必要になってくるのが程良く高飛車な視点です。たとえ理解できなくても、そして、実体が伴わなくても、ワンランク上の情報に接するというだけで、自分は良い趣味を持っていると思いこんでいる読者は満たされた気分になるものなのです。そんな、読み手のプライドを適度にくすぐるだけのグレードの高いアイテムの供給こそが、ここでは最優先で求められています。それは、博学な信介にバカにされないだけの、「おっ、それいいね!」と言わせられるような素材です。そこで、この雑誌がクラシック特集を組むに当たって用意したものが、「ロシアピアニズム」と「古楽」という、何とも「タカビー」なブランドでした。
まず、「ロシアピアニズム」。これは本当にいいところを突いています。そういうものがあることは知っていても、誰もその本当の意味を知るものはいないという言葉の代表のようなもの、「知らない」と言えばバカにされそうだけど、今さら他人には聞けないと言う意味で、これほど「プライド」を満足してくれる言葉もないのではないでしょうか。そもそも「ピアニズム」とは一体なんなのでしょう。露出狂でしょうか(それは「チラリズム」)。
そして、「古楽」です。これも、額面通り「古い音楽でしょう?」などと言ったりしたらたちまち石をぶつけられそうな、ある特定のマニアの間でしか通用しない言葉、本当のクラシックファンの仲間に入れて欲しいと願っていれば、間違っても「オリジナル楽器」などとは口にせず、ひたすら「古楽、古楽」と連呼することが必要になってくるという、まさに究極のブランドです。しかも、嬉しいことに、その「古楽」界のスーパースター「ニコラウス・アーノンクール」までもしっかりフィーチャーされているではありませんか。なんとこの特集の巻頭に。
ご存じのように、この人物の名前ほど、その「ブランド」が実体と遊離して独り歩きしているものもありません。単なる気まぐれな年寄りに過ぎないものを、周りの人がこぞって「巨匠」などと奉り上げるものですから、何も知らない人はそれが本当だと信じてしまうという、まさに「裸の王様」状態に陥っているのが真実の姿だというのに。言うまでもありませんが、この実体の無さこそが、この雑誌の読者層の「プライド」を最大限にくすぐるもの、そして、それを見事に演出した編集者のセンスには、素晴らしいものがあります。
その他の小ネタとして、オペラ関係の「ペーター・コンヴィチュニー」と、「ステファニア・ボンファデッリ」を選んだセンスなどは、もう最高。どちらも、実体はともかく、これさえ押さえておけば誰からもバカにされないで済む、という絶妙のスタンスの「ブランド」なのですから。
そして、お決まりの「お薦め作曲家のお薦めCD」などというコーナーも用意されています。そこでは、マーラーやヴァーグナーが削られた代わりにショスタコーヴィチと武満が入っています。それを「タカビー」の極みと見るか、編集者の良心のあらわれと見るかによって、もしかしたら聴き手としての資質が問われることになるのかしれません。ところで、信介は武満は好きなのでしょうか。
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by jurassic_oyaji | 2006-07-28 20:45 | 書籍 | Comments(0)