おやぢの部屋2
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WAGNER/Der fliegende Holländer


Hermann Uhde(Bar)
Astrid Varnay(Sop)
Joseph Keilberth/
Chor & Orchester der Bayreuther Festspiele
TESTAMENT/SBT2 1384



先日「世界初のステレオ録音」などと大騒ぎ、果てはヴァイナル盤まで発売されることとなった「ヴァルキューレ」と同じ、1955年のバイロイトでのDECCAのステレオ録音です。ただ、こちらの方は別に「幻の録音」というようなことはなく、きちんとLPが発売になっていました。とは言っても、その時のレーベルが「DECCA」ではなく「ECLIPSE」であったことから、当時のこの録音の扱いがうかがえます。今でこそ過剰なまでの持ち上げ方をされていますが、発売時には正規の新譜としてではなく、廉価版としてリリースされていたのですからね。
「指環」より1ヶ月後の録音、さすがにツボも心得てきているようで、バランスなどははるかに自然なものを聴くことが出来ます。何と言っても、バイロイトのピットの「穴蔵」感が見事に再現されているのが素敵です。ここで聴くことが出来るまるで地の底から響いてくるようなティンパニの深い音と、その音場は、後の1971年に同じ場所でDGによって行われた同じ曲の録音(指揮はベーム)をはるかにしのぐクオリティを持っているほどです。
使われている楽譜はこの時代の慣用版ですから、「ゼンタのバラード」はト短調、「救済のモチーフ」付きという普通のバージョン。幕間もなく、全曲が切れ目無く演奏されていますが、そのいわゆる「第1幕」で、オランダ人のウーデが登場すると、そのあまりのだらしなさに一瞬たじろいでしまいます。なんというアバウトな音程とリズムなのでしょう。有名なモノローグでのピカルディ終止、1回目は低すぎますし2回目は高すぎ、ここが聴かせどころなのに、やはりこのあたりがライブの宿命なのでしょうか。
しかし「第2幕」はいろいろな意味で聞きものです。ヴァルナイの「バラード」でのとてつもないたっぷりとした歌い方にまず驚かされますが、そんな重々しいテンポでも全くバテることなく、軽々とこの難曲を歌い上げているのはさすがです。ここはまさにヴァルナイの独壇場、同じ旋律が、次第に女声合唱の割合が多くなっていくという構成ですが、彼女のパワーに圧倒されて、最後に合唱だけになった時のなんと情けないこと。この部分に代表されるように、この「幕」全体が、この演奏では異様に重苦しい空気に支配されています。先ほどのウーデが加わると、「暗さ」にかけてはは負けていないこの歌手によって、重々しさはさらに募ることになります。これはひとえに、指揮者の責任でしょう。全ての音符、全てのフレーズに力を入れずにはおかれないこの重厚な(鈍重な、とも言う)指揮者カイルベルトによって、いかにもドイツ的な融通の利かない世界が広がることになりました。真夏に「懐炉ベルト」ですって。なんと暑苦しい。
本来、この場面はオランダ人とダーラントという全く別の種類の人間が醸し出す別々の世界が同居している部分。ダーラントは、言ってみれば現世の俗っぽさの代表ということで、少し軽くやってほしい所なのですが、その「ダーラントさんチーム」までが一緒になって重苦しがっているのですから、いかにもダサい音楽になってしまいます。
同じようなパターンが、「第3幕」のノルウェー船とオランダ船とのやりとりの合唱。これも、元気さだけが取り柄の「ノルウェーさんチーム」といかにも不気味な「オランダさんチーム」の対比が面白い所なのに、両方とも同じようなハイテンションで迫ってくるのでは、いささか疲れてしまいます。
ここで、「もっと力を抜けばいいのに」と感じるのは、現代人の感覚でしょうか。現代ではもっと「賢い」演奏が主流となっていますから、その様な細やかな対比を強調するのが当たり前だと思われています。しかし、現実にこれだけの鈍重さを信念を持って推し進める人がいた時代が確かにあったことを、この素晴らしい録音は知らしめてくれているのです。これこそが、「記録」としての重み、ヴァーグナーの演奏史を語る上で欠くことの出来ない「資料」が、またひとつ手に入りました。
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by jurassic_oyaji | 2006-08-27 20:21 | オペラ | Comments(0)