おやぢの部屋2
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幻のコンサート



有山麻衣子(Sop)
佐藤和子(Pf)
宇野功芳(Cond)
ORTHO SPECTRUM/KDC 6001



なんでこんなところに「スピード」のHIROが、と思われたことでしょう。グループ解散後もソロとして活躍している彼女が、ついにクラシックに転向してリサイタルを開いたものが、「幻」のCDとして発売になったのかと。もちろん、それはウソですが、しかし、よく似てますね。
ここで歌っているのは、有山麻衣子という方、もちろんそんな名前を知らなくても、クラシックファンとして恥じることは全くありません。この方は、大学の合唱団で歌っているところを、あの宇野功芳氏に見出され、彼の教えを受けた結果このようなCDを出せるまでになったという、まるで「オペラ座の怪人」のクリスティーヌのようなラッキー・ガールです(あ、ファントムは宇野先生ね)。でも、彼女は音楽を職業にする気は全くないのだとか、普段は一OLとして働いているのだそうです。
宇野氏が惚れ込んだというのは、その無垢な声です。彼が言うには、クラシックファンの中にも、声楽に対するアレルギーを持っている人は多いのだと。いわゆる「クラシック歌手」にありがちな「吠えるような発声法」と「声がゆれるビブラート」には、馴染めない人もいるのだそうです。そこへ行くと、有山さんは合唱団員としては理想的なノン・ビブラートで伸びやかな声を持っていました。それを彼は大切に育て上げ、決してプロの声楽家にはない魅力を持つソリストとして、こういう形で世に送り出したのです。彼をして「天使の歌声」と呼ばしめた理想的な歌手、しかし、彼はファントムのように、それを遠くから見守るような奥ゆかしいことはしませんでした。実は、ブックレットの裏表紙には、本番で彼女の歌を宇野氏が「指揮」をしている姿が掲載されているのです。自らの手で、最後の表現を彼女に施したい、そんな強い思いのあらわれなのでしょうか。こんなうざったいお節介を、良く彼女が許したものだと思ってしまいますが、そこは信頼で深く結びついた師弟関係、これしきのことで、はたのものが口出しをする必要はないのかも知れません。
実は、これは純粋の「リサイタル」ではなく、録音のために、ごく少数のお客さんを入れて演奏、その模様を修正することなく記録するというものなのだそうです(それを「幻のコンサート」と言っているのだそうです)。曲目は、いわゆる「童謡」や、小学唱歌のような、ごくシンプルなものが並んでいます。おそらく誰でも一度は耳にしたことであろうそれらの曲は、懐かしさの彼方にかすかに残っている耳慣れた歌い方とは、かなり異なった表現で聞こえてくることに、気づくことでしょう。いや、「表現」というのは不適切な言い方だったかも知れません。そこから聞こえてきたものは、まさに彼女の「美しい声」が全てだったのです。ほとんど無表情なその歌い方には、言葉さえも意味を持つことはなく、「表現」とは全く異なる不思議なベクトルが感じられたものです。そこにあるのは、煌めくように漂っている「音」だけ、それが、10何曲か続くことによって、頭の中は空っぽになって、とても癒されたような気分になってくることを誰しもが感じることでしょう。そう、これはまさに、今のクラシック界の寵児、「ヒーリング」の最たるものではありませんか。これの虜になると、なんの主張もない音楽に身をゆだねてしまうという、影響力の大きいものです。アルバムの最後の方に、「フィガロ」や「ドン・ジョヴァンニ」のアリアが歌われているのですが、ですから、これは全く「オペラ・アリア」ではあり得ない、なんの力も持つことのない軽やかな音の浮遊として聞こえてきます。
そんな中で、唯一フォーレの「ピエ・イェーズ」だけは、この曲が求めている世界を完璧に再現した深い感動を持って味わうことが出来ました。これこそは過剰な「表現」からは最も遠いところにある曲、もしかしたら彼女たちは意図しなかったところで、見事に理想的な演奏が誕生していたのです。
録音は、彼女の透き通る声を完璧に収録した、素晴らしいものです。そのために彼女の低音の未熟さが強調されているのは、仕方のないことかも知れません。
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by jurassic_oyaji | 2006-09-18 19:30 | 歌曲 | Comments(1)
Commented by trefoglinefan at 2007-06-11 19:05 x
宇野さんの秘蔵っ子でもう一人、日下田玲さんがいたのですが、その子のレクイエムはもっと素晴しいです。