おやぢの部屋2
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WAGNER/Der Ring





Hansjörg Albrecht(Org)
OEHMS/OC 612(hybrid SACD)



北ドイツ、シュレスヴィヒ・ホルスタイン州の州都キールにある聖ニコライ教会の大聖堂には、3段鍵盤、リュック・ポジティーフも備えた大オルガンと、その反対側に、小振りながら19世紀フランスの名工カヴァイエ・コルが制作したクワイア・オルガンが設置されています。フランスの楽器がなぜドイツに?とお思いでしょうが、このオルガンは元々はパリで作られ、後にフランス北部の町トゥルコアンの教会に移設されたものなのです。しかし、1995年にはもう使われなくなって倉庫に仕舞い込まれることになってしまいます。それが、2003年から2004年にかけて修復され、このキールの教会に設置されたのです。その際に、もとからあった大オルガンと同時に操作できるように、電動アクションによる演奏台も付け加えられました。もちろん、この歴史的な名器の手動アクションを生かすために、それは簡単に取り外しがきくようになっています。
その、ドイツオルガンとフランスオルガンという2台の楽器を同時に演奏して、ヴァーグナーの「リング」の世界を再現しようと考えたのが、オルガニストのハンスイェルク・アルブレヒトと、レコーディング・エンジニアのマーティン・フィッシャーという人でした。もちろん、実際に演奏するのはアルブレヒトだけ、フィッシャーの方は録音でその手腕を発揮する、といった、演奏に関しては「あぶれる人」(前にも使ったな)に徹したコラボレーションが展開されています。ただ、その「録音」がただ者ではなく、ポップミュージックの世界で日常的に使われている「多重録音」、つまり「オーバーダビング」の手法を積極的に使って、厚みのあるサウンドを作り上げることを試みているのです。さらに、フィッシャーが重視したのが、「サラウンド」による音場設計です。SACDのマルチチャンネルレイヤーのフォーマットをフルに活用した音作りが、ここではなされることになります。「5.1サラウンド」対応のシステムで聴けば、大オルガンとクワイア・オルガンとのちょうど真ん中に座っているような体験が味わえることでしょう。
このアルバムは、「ラインの黄金」の前奏曲、つまり「リング」全体のオープニングから始まります。その最初の低音のまさに「オルゲル・プンクト」が、ペダルによって奏されるのですから、これほどオルガンにふさわしい場面もありません。そこに、ホルンが入ってくる感じは、なかなかのもの、これこそオーバーダビングの勝利でしょう。つまり、普通にリアルタイムで録音した場合の障害となるストップの切り替えなどが、ここでは全く感じられないほどスムーズに聞こえてくるのです。「ヴァルキューレの騎行」では、そのメリットが最大限に発揮されています。トリルのテーマがまるで周囲を取り囲むように現れるのは、まさにサラウンドの醍醐味でしょうし、必要な声部を残らず演奏するのも、オーバーダビングなくしては出来なかったことに違いありません。しかし、ここで、そんな迫力いっぱいの音たちの中から、ひときわ力強く聞こえてきてほしい金管のフレーズに、全く精彩がないのはどうしたことでしょう。これは、おそらくパイプオルガンの宿命とも言うべきアタックの不明瞭さに起因しているのではないでしょうか。音の立ち上がりが鈍いことが、これほどのデメリットになっていたとは。
ですから、その様な迫力いっぱいのシーンよりは、「ジークフリート」の「森のささやき」のような繊細な部分の方が、より実りのある成果を上げていたのは、ちょっと皮肉なことです。このシーンでの幾重にも積み上げられた木の葉の描写のデリケートさには、特筆すべきものがあります。そして、森の小鳥の声が、おそらくカヴァイエ・コルの小さなオルガンによって演奏されているのでしょう、その繊細な音色は、このアルバムの中で最も美しいものでした。
最後は、「リング」の本当の最後、「神々の黄昏」のエンディング、「ブリュンヒルデの別れ」です。ここでも、最後の変ホ長調の和音がディミヌエンドしていく模様は、絶対に普通のオルガンの録音では出来ないこと、エンジニア、フィッシャーのこだわりは、ここで花開きました。同時に、「リング」を「最初から最後まで」1枚のアルバムに収録することにも、成功したのです。
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by jurassic_oyaji | 2006-09-24 19:35 | オルガン | Comments(0)