おやぢの部屋2
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マエストロ








篠田節子著
角川文庫

ISBN4-04-195904-7



篠田節子といえば、クラシック音楽に関してはただならぬ知識と経験の持ち主なのだと、言われています。その作品にも音楽を題材にしたものが数多く見られ、例えば「ハルモニア」のように、映像と音を伴ったワンクールのテレビドラマとして新たな形で紹介されたものもありました。特別な才能でチェロを弾くことを覚えた少女の物語、これは単に文字を読むだけでなく、実際の音楽が聞こえてきた方がより説得力を持つものが出来上がると、そのドラマを見たときには感じたものです。
そんな彼女の、別の作品をドラマ化したものを、最近見ることが出来ました。「マエストロ」というタイトルの2時間ドラマです。この原作は、実はそもそもは1992年に出版された時には「変身-Metamorphosis-」というタイトルだったものを、昨年の末に文庫化した際に、構想時のタイトルであった「マエストロ」に改題したものです。そして、その際に加筆、修正も行われたということです。
物語は、若いヴァイオリニストが主人公、美貌の持ち主の彼女は、さる宝飾メーカーのイメージガールとして、高額なグァルネリの楽器と完全防音の高級マンションを与えられ、そのメーカーの準備する、常に満席になることが約束されているコンサートで、300粒のダイヤが編み込まれたチョーカーを首に飾って演奏するという優雅な生活を送っています。もちろん、その見返りとしてその会社の常務であるクラヲタ男の愛人という立場に甘んじるのは、仕方のないことでしょう。実力的には、彼女は「一流半」でしかないのですから。しかし、そのグァルネリの修理のために訪れた楽器職人から、「スペアに」ということで渡されたヴァイオリンに出会うことにより、彼女の運命は・・・。まあ、細かいことは実際に読んで頂き、かつて世間を騒がせた「芸大偽ガダニーニ事件」などによって明らかになった音楽家と楽器商との癒着の実体や、その楽器商が扱っているオールド・ヴァイオリンの知られざる素性といった、生々しい現実までをも味わってもらうことにいたしましょう。
このような、単行本1冊分の内容を、2時間のドラマの中に収める場合、どうしても時間が不足してしまうという事態が生じるのは、物理的には致し方のないことです。そんな状況の中で、今回のドラマの場合、ほとんどのエピソードをくまなく織り込んだ点は、評価されるべきでしょう。この物語はいわばミステリーですから、全ての伏線を提示するのが最低限求められること、その意味ではこのドラマには何の疑問のない完璧なプロットが出来上がっていました。ただ、最後の部分、主人公が音楽家としてそれこそ「変身」するというくだりは、若干説明不足のような感は免れませんが、それは些細な傷でしょう。
しかし、やはり時間的な制約の影響は見られ、本筋とはあまり関係のない部分に多少の省略がなされてしまっていました。それは、主人公の楽器を修理する楽器職人の経歴についてなのですが、原作ではきちんとドイツ帰りの他の職人に弟子入りしてヴァイオリン作りを学んだことになっているのが、ドラマでは単なる仏壇職人が全くの独力でヴァイオリンを作るようになったとされているのです。普通にドラマを見ている人には、たいして問題になるようなことではありませんが、我々クラシックファンにとっては、これは一大事です。いくら天才といえども、ヴァイオリンという楽器は見よう見まねで作れるようなものではないはず、ましてや、それがイタリアのオールドに匹敵するほどのものになることなどあり得ません。もちろん、それを真似た精巧な偽物なども、作れるはずがありません。
この楽器職人の回想の場面で、バロック・ヴァイオリンとモダン・ヴァイオリンとの違いに言及している部分が原作にありますが、ここもドラマではカットされていました。しかし、これは逆に、極めて適切な処置だったのでは、と思えます。最近の音楽界における「オリジナル楽器」の隆盛はめざましいもの、それに伴って、例えばバロック・ヴァイオリンに関する情報などは日々更新されています。しかし、ここで描かれているのは、その様な「新しい」情報ではなく、旧態依然とした「古い=誤った」情報に基づくものなのです。それは、1992年の初出の段階では許されても、文庫化され、さらにドラマ化された2005年以降には到底通用しないものです。ドラマの制作者がそこまで考慮したとは到底思えませんが、結果的には活字メディアよりははるかに露出度の高い映像メディアで、その「誤った」情報が流れるという事態は避けられたのです。
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by jurassic_oyaji | 2006-10-13 00:19 | 書籍 | Comments(0)