おやぢの部屋2
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SHCHEDRIN/The Sealed Angel



Gergely Bodoky(Fl)
Stefan Parkman/
Rundfunkchor Berlin
COVIELLO/COV 60504(hybrid SACD)



120曲以上という数多くの作品を世に送り出しているシチェドリン、その中にはもちろん、いくつかの合唱曲も含まれています。しかし、それらに関してはほとんど一般には知られてはいないのではないでしょうか。中でも、ここでご紹介する「封印された天使」という宗教曲などは、この分野での彼の唯一の作品のはずです。この曲は、1988年のロシアのキリスト教化1000年祭のために作られたものです。小さい頃から宗教的な環境にあったシチェドリンは、当時の体制下ではすっかりすたれてしまっていたロシア正教の伝統的な聖歌を作りたいとずっと思っていたといいます。この曲が作られたのは、そんな制約も薄らいできたかに思える「ペレストロイカ」の時代、しかし、そうは言ってもおおっぴらに「ロシアの礼拝曲」というようなタイトルを付けることには危険が伴ったため、このような1873年に出版されたロシアの作家ニコライ・レスコフの著書のタイトルを付けたと言われています。実際、この曲のテキストには、その小説の物語とは直接の関係はない聖歌の部分が取られています。その結果出来上がった、無伴奏の混声合唱とソリスト(少年も含まれます)に、フルート独奏という編成のこの作品は、作曲者が意図したように、まさに「ロシアの礼拝曲」と言うべき、深い祈りのこもった宗教音楽となりました。
曲は、フルートの独奏で始まります。それが、モダンフルートではない、もっと民族的な楽器を想定して作られたパートであることは、その素朴なメロディーからも分かります。その、極めてシンプルなアルペジオに導かれて聞こえてくるのは、まさに革命の起こるほんの少し前に作られたラフマニノフの礼拝音楽、「聖ヨハン・クリソストム」や「徹夜祷」と同じテイストを持つ音楽でした。ほのかに立ち上る女声による澄みきったハーモニーを味わうだけで、一つまた、心の支えになる曲と出会えたという気持ちになれたほどです。終わり近く、合唱のピチカートに導かれて歌われる少年による素朴なメロディの、なんと美しいことでしょう。
もちろん、シチェドリンのことですから、ただ心地よい雰囲気が続くだけのはずはありません。フルートと共に下降のグリッサンドを歌う合唱からは、ほとんどため息のような胸を締め付けられる情感が呼び起こされることでしょう。そして、いきなり聞こえてくる「センツァ・ピッチ」のシュプレッヒ・ゲザンク。全く脈絡のないそのパッセージは、彼なりのユーモアの表出だったのでしょうか。
全部で9つの部分に分けられた、1時間ほどの大作、真ん中にはフルートソロによるモノローグが置かれていますが、それを挟んでシンメトリカルな構造を持っているこの曲は、確かに「礼拝」の志を秘めたものでした。幾度となく繰り返されるフルートのモチーフは、その礼拝のアクセントとなる鐘の音のように聞こえます。
このアルバムは、おそらくこの曲の録音としては3枚目のものとなるのでしょう。今まで出ていたものは、1988年6月にモスクワで初演された時と同じメンバー、ヴラディミール・ミニンの指揮による国立アカデミー合唱団などによって録音されたMELODIYA盤と、1990年5月のアメリカ初演のメンバーによる、ローラ・クック・デヴァロン指揮のSONORA盤の2種類です。このボストンの演奏家によるアメリカ初演については、モスクワでの初演の少し前にボストンを訪れた作曲家が、その時たまたま聴いた自作「プガチェフの処刑」とラフマニノフの「聖ヨハン・クリソストム」の演奏にいたく感動、あまりの素晴らしさに、初演が終わるやいなやその演奏家にこの曲の自筆稿を送って、ぜひアメリカでも演奏してくれるように頼んだという経緯があるそうです。
いずれの録音も、あいにく聴いたことはありません。しかし、今回のパークマン指揮のベルリン放送合唱団による新録音、おそらくミニン盤などに比べればはるかに洗練された肌合いを持つものであることは容易に想像できます。ラフマニノフでも見られた、ロシア人とヨーロッパ人とのアプローチの違いを、シチェドリンの音楽も体験することにより、この曲もさらに多くの人に聞かれ、その魅力を知らしめていくことでしょう。それは、とても素晴らしいことです。ハイにもなれますし(それは「アドレナリン」)。
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by jurassic_oyaji | 2006-10-26 20:08 | 合唱 | Comments(0)