おやぢの部屋2
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MOZART/Requiem

Saramae Endich(Sop), Eunice Alberts(Alt)
Nicholas DiVirgilio(Ten), Mac Morgan(Bar)
Erich Leinsdorf/
New England Concervatory Chorus etc.
Boston Symphony Orchestra
BMG
ジャパン/BVCC-38391/92


このCDは、1963年の1122日にテキサス州ダラスで殺された(「敵、刺す」でも、刺殺ではなく射殺)当時のアメリカ合衆国の大統領、ジョン・フィッツジェラルド・ケネディを追悼するために、翌年1月19日にボストンの聖十字架大聖堂で行われた「死者のためのミサ」の模様を収録したものです。言ってみればドキュメンタリー録音のようなものなのですが、そこで用いられた音楽が、モーツァルトの「レクイエム」だということで、「クラシック」のLPとして録音直後に発売されました。日本国内でもその年の3月に発売になったといいますから、当時としては異例とも言えるスピーディなリリース、それだけこの事件が全世界に与えた影響は大きなものだったということなのでしょう。
そんな大騒ぎも今は昔、このLPは長いこと再発もされず、カタログからは姿を消していたそうです。確かに、以前ご紹介した「クラシックジャーナル」のディスコグラフィーには、このラインスドルフ盤は見当たりません。もっとも、これはかなりいい加減なものでしたから、それも当然でしょうが。そんな「歴史的」な録音が、今回国内盤でCD化、もちろんこれが世界初CD化となります。ミサの一部始終が収められていますから、録音時間は1時間半、2枚組となってしまいました。
40年以上も前の出来事ですから、この曲を取り巻く状況も今とは異なっていたことでしょう。ブックレットには、1964年のライナーノーツがそのまま掲載されていますが、「バセットホルンは通常はクラリネットで代用される」などという記述から当時の「通常」を知ることは、何ともエキサイティングな体験です。事実、この演奏でのボストン交響楽団でも、クラリネットが使われています。
しかし、そんな「原典主義」のかけらもなかった時代の演奏であるにもかかわらず、ここから伝わってくる心からの訴えかけには、圧倒されてしまいます。教会の鐘の音に続いて、オルガンがフランソワ・クープランのオルガンミサ曲を演奏した後、なにやら祈祷文の朗読があって、やっと「レクイエム」が始まります。かなり大編成(4つの合唱団のクレジットがあります)の合唱が、最初の頃は大味に聞こえてきたものが、次第にそのベクトルが整えられるにしたがって、なにやら恐るべき力を持つようになってきます。それは「Kyrie」のフーガあたりでは完全な方向性を確立、音程や音色などという細かいことなどを問題にするのが虚しくなるような、強い意志がそこからはみなぎっているのを、誰しもが感じることでしょう。
お祈りで一休みした後の「Dies irae」は、まさに感情の炸裂といった趣、思わず引き込まれずにはいられません。最後の方の「Sanctus」あたりでは、何もかも吹っ切れたような、音楽に全てを委ねる幸福感のようなものすら感じることが出来ます。最近の演奏では考えられないほどのゆったりとしたテンポを終始キープしているラインスドルフ、それだからこそ、合唱もソリストもそれぞれの思いを心ゆくまで表現できたのでしょう。そこにあるのは、一つの思いに向かって奉仕する音楽の姿、最近20何年かぶりに来日したいわゆる「巨匠」が見せた、自身のエゴだけで作り上げた醜い音楽とは別の次元の、時代を超えて通用する人類の営みでした。いくら「作曲された当時の演奏習慣」だの「自筆稿の研究」だのという理論武装をしたところで、最後には「音楽性」が物を言うのはまさに自明の理だということを、この演奏は教えてくれています。
たった今まで生きていたかけがえのない人を悼む気持ちを、このCDからは間違いなく受け取ることが出来るはずです。ライナーにもあったまさに「一期一会」の感動が成就された記録が、ここにはくまなく収められています。
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by jurassic_oyaji | 2006-11-30 20:18 | 合唱 | Comments(0)