おやぢの部屋2
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VERDI/La Traviata
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Anja Harteros(Violetta)
Piotr Beczala(Alfredo)
Paolo Gavanelli(Germont)
Zubin Mehta/
Bayerisches Staatsorchester
FARAO/S 108070(hybrid SACD)



2005/6年のシーズンを最後にバイエルン州立歌劇場の音楽監督のポストをケント・ナガノに譲ったメータの、この歌劇場での置きみやげともいうべき録音です。2006年の3月に行われたこの公演は、アニャ・ハルテロスとピョートル・ベチャーラという、若手の実力シンガーを主役に得て、格別に精気あふれるものとなったことが、この「音だけ」のCD(SACD)からもうかがえます。昨今はDVDで「映像付き」のオペラを楽しむことが主流化した感がありますが、こんなピュア・オーディオにもまだまだ捨てがたい魅力があることが再認識されたものです。
そんな、まるで眼前に舞台が広がるような文字通りドラマティックな音楽を作り出していたメータにこそ、まず拍手を送るべきでしょう。第1幕の前奏曲がはじまったあたりこそ、あまりに即物的過ぎて物足りなさを感じたりもしますが、そもそもこの指揮者にはジメジメした深い情感は似合いません。後半の「ズンチャッチャ」が聞こえてくれば、持ち前の浮き立つような音楽の始まり、そのままパーティーの喧噪へとつながっていきます。この場面では、オーケストラ、合唱とも完璧なアンサンブルで大いに盛り上がります。メータは、そんなスタッフをとことん信頼して、ドラマの要所要所で、時には許容量の限界に挑むほどの高いテンションの感情を与えていきます。そのはまりようといったら、まさに百戦錬磨の強者といった感じでしょうか。ことごとくツボを押さえた小気味よさは、どんな人をも納得させる力を持ったものです。そんな芸風ですから、第3幕の細かい情景がちょっと心配になりますが、意外なことにこの場面から繊細さが失われることはありませんでした。それどころか、少ない編成でのしっとりとした語り口はとことん魅力的。ヴィオレッタとアルフレードが再会し、甘い「パリを離れて」のデュエットの前にオーケストラで奏でられるちょっと不思議な和声も、この物語の結末を物語る重要な意味を持っていることが、メータの指揮によって実に明らかに教えられたような気にもなって、好感度は増すばかりです。
歌手では、アルフレード役のベチャーラが最大の収穫でした。出だしの「乾杯の歌」から、その声には圧倒されっぱなしです。「リリック」ではありますが、もっと芯のある声には、とてつもない力を感じることが出来ます。そんな「強い」声に「泣き」が入るものですから、この役にはまさにうってつけ、純情な一徹さと、女心を虜にする甘さを遺憾なく発揮してくれています。ライブならではの傷もありますが、そんなものは気にならないほど、その疾走感は光っています。写真で見る限り、ルックス的にちょっと難があるのが心配ですが、そもそもパヴァロッティだって、フェロモンを感じるにはほど遠い風貌、軟弱なやさ男より、やはり勝負どころは声そのものです。そもそも、このようにCDで声だけを聴いている限りではなんの問題もないのですから。
ヴィオレッタ役のハルテロスも、その表現力の大きさには圧倒されます。ただ、それがあまりにも際立っているために、多少荒っぽく感じられなくもありません。正直、ここではベチャーラの端正さに比べるといくらか暴走気味なものも感じられます(「ハリタオス」ほどではありませんが)。ただ、おそらく実際のステージで他の役を見たらより一層の存在感が確かめられるのではないでしょうか。グリーク・オリジンのエキゾティックな風貌も、映像では映えることでしょう。
ジェルモン役のガヴァネッリは、渋い味を出してはいますが、オペラ歌手にはあるまじき「小室等」のような細かいビブラートがちょっと耳障りです。
ジャケットを見ると、第1幕でのデュエットで、アルフレードがヴィオレッタに自分が着ていた燕尾服を着せてあげるような演出になっていたようです。このオペラ、音だけで十分堪能できましたが、ステージの写真がもっと掲載されていれば、あれこれ想像できてさらに楽しめたのかもしれません。
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by jurassic_oyaji | 2006-12-21 20:40 | オペラ | Comments(0)