おやぢの部屋2
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MOZART/Don Giovanni
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Thomas Hanpson(DG), Ildebrando D'Arcangelo(Lep.)
Christine Schäfer(DA), Piotr Beczala(DO)
Melanie Diener(DE), Isabel Bayrakdarian(Zerlina)
Martin Kusej(Dir)
Daniel Harding/
Wiener Philharmoniker
DECCA/00440 074 3162(DVD)



まさに「演出の時代」のオペラの最先端を行っているザルツブルク音楽祭ですから、この「M22」でもとことんとんがった演出に出逢うことが出来ます。今回の「ドン・ジョヴァンニ」でのマルティン・クシェイの演出では、この主人公の「色好み」という嗜好を大々的にフィーチャーした、下着姿のオンパレード、時にはトップレスなども現れるという大胆な設定に、おやぢの目は釘付けになってしまうことでしょう。しかし、そんなサービスカット(いや、違うはず)を堪能しているうちに、しばらくすると実はもっと斬新な読みかえが施されていることにも気付くことになるのです。
まず、いかにもキビキビとしたハーディングの指揮で序曲が始まります。演奏しているのはウィーン・フィルですが、フルートのトップの人は見たことがありません(2番はフォーグルマイヤー)。なかなか伸びのあるいい音ですね。そろそろ、世代交代が始まっているのでしょうか、などという映像ならではの突っ込みができるのがたまりません。
しかし、その序曲の間、ステージにはパンスト1枚の女性たちが後ろ向きに寝ころんでいるという「悩殺的」な巨大な絵が描かれたカーテンがかかっているのです。そこには出入り口があって、そこにサングラスをかけ、厚いコートを羽織った女性がたくさん入っていきます。序曲が終わってその「カーテン」が上がると、しばらくしてその女性たちのコートの中は下着だけだというのがわかります。それは、ドン・ジョヴァンニに殺された騎士長が、その女性たちによって中に引きずり込まれるシーンで、彼女たちがコートの前をはだけていることにより明らかにされます。このステージは大規模な回り舞台となっていて、2つの同心円に沿った何枚もの壁が複雑に動き回って、様々な状況を作り出しています。その陰で、本当は観客には見えないはずのアングルを、別のカメラがとらえているのですが、そこで騎士長は女性たちによって大詰めの時のための着替えをさせられているのが分かります。その時には、彼女たちは完全な下着姿となっています。
「スペインだけで1003人もの女と寝た」というドン・ジョヴァンニの女性遍歴を歌った「カタログの歌」の背景に、その女性たちが様々なコスチュームで登場することから、彼女たちが今までの「相手」の象徴であることが分かります。中にはかなり高齢の「お掃除おばちゃん」や、縄跳びに夢中の少女まで・・・。
殆どマネキン人形のように無表情で立っている彼女たちも、ツェルリーナ(彼女の巨乳を強調した衣装も、意図したものなのでしょうか)がマゼットへの思いを語る時の苦しげな表情など、不気味にドン・ジョヴァンニの心理を反映しているかのような仕草を見せる時もあります。何よりもショッキングなのは、騎士長をディナーに招待するシーン。後ろを向いてTバックのショーツ姿を惜しげもなく披露してくれる彼女たちが振り向いた瞬間、その顔は老婆に変わっていたのです。いや、たるみきった腰のあたりは、これが本物の「老婆」であることを示しているではありませんか。ここまでやるとは。いくら大詰めでそれまでの「白い」下着を脱ぎ捨てて(あ、楽屋で、ですが)黒い、それこそボンデージが入った勇ましいいでたちに変わるとしても、この「醜さ」はちょっと許せません。
と、ちょっと「下着」にこだわりすぎましたぎ、実はもっと根元的な演出が、そもそも幕開きに登場します。最初に「Notte e giorno faticar」と歌い出したのが、なんとハンプソンだったのです。彼はドン・ジョヴァンニ役のはず、なぜレポレッロの歌を歌っているのでしょう。と、当のレポレッロがズボンのファスナーを上げながら登場、歌を引き継ぎます。そこで、いったい今まで何をやっていたのか、という疑問がわきます。もしかしたらドンナ・アンナをレイプしていたのは、レポレッロだったのかも、とか。そんな、確か以前ピーター・セラーズが取っていたこの2人を同一視するという視点を、クシェイも持っていることがうかがえます。「セレナーデ」のシーンで、最初は「変装」しないのもその現れでしょうし、「地獄落ち」では、レポレッロはドン・ジョヴァンニに手を引かれて、あわや一緒にオフステージに消えてしまいそうになります。もちろんそんなことになってしまったらその次の六重唱が成り立ちませんから、レポレッロは主人を刺し殺さなければならないのでしょうが。
ドンナ・エルヴィラやドン・オッターヴィオのアリアで、「2番」を歌う時にまるでバロック・オペラのような自由な装飾が施されていたのが、印象的でした。これはハーディングの指示だったのでしょうか。そのオッターヴィオを歌ったベチャーラ、やはり素敵でした。写真では田舎臭い顔立ちでしたが、よく見てみるとあのヴンダーリッヒにどことなく似てません?
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by jurassic_oyaji | 2006-12-28 19:51 | オペラ | Comments(1)
Commented at 2006-12-28 21:13
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