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Music of the Twentieth Century
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Günter Wand/
NDR Sinfonieorchester
WDR Sinfonieorchester Köln
PROFIL/PH05042



最晩年のみに高い評価を受けることとなって、ギュンター・ヴァントはその人生をめでたく「巨匠」として終えることが出来ました。彼の演奏するブルックナーは、その高い完成度によって、全てのクラシック・ファンを魅了するものとなったのです。それが果たして指揮者としては幸運なことだったのかということは別にしても、このPROFILレーベルの「ヴァント・エディション」ような、過去の放送用音源を集めたものが続々発売されるという状況は、そんな輝かしい晩年があったからこそ実現したものであることは間違いありません。
その中でひときわ注目に値する、この「現代音楽」を集めたアルバム、このシリーズにはすでにメシアンやオルフといったものもありましたが、ここではヴァントがなんとリゲティの「ロンターノ」を演奏しているということで思わず触手が伸びたものです。その他の収録曲はストラヴィンスキーの「ピアノ、管楽器、ダブルベースとティンパニのための協奏曲」、ツィンマーマンの「1楽章の交響曲」そしてフォルトナーの「大オーケストラのための交響曲」です。
ヴァントが「現代音楽」に取り組む姿勢は、「過去の偉大な作品と同じ」というものだったそうです。彼は演奏会の曲目に頻繁に「現代」の曲を取り上げていたということです。このアルバムを聴くことによって、それはことさら目新しいものを目指したというよりは、「過去」とのつながりをそのまま「現代」の中に求めた結果ではなかったのかという思いが、強く沸き起こってきます。もちろん、鼻持ちならない「使命感」などはさらさら持ち合わせてはいなかったはずです。
ストラヴィンスキーについては、1946年に「交響曲in C(すみません、「ハ調」という言い方には到底馴染まないものでして)」のドイツ初演を行ったヴァント、多くの作品をレパートリーとしています。この、いわゆる「ピアノ協奏曲」では、彼と同じ年齢、1985年の録音当時には70歳を超えていたニキタ・マガロフのピアノとのバトルが最大の聴きものでしょう。ついついもたつきがちなピアノを、的確なリズム感でサポートし、感動的なクライマックスへと導いています。
ツィンマーマンとは、数多くの作品の初演を行うという、親密な関係にありました(後に決別することにはなりますが)。この「交響曲」の演奏もまさにツボを押さえた、多くの美しさを惜しみもなく提供してくれるものです。最初の頃に出てくる「不確定」な要素を感じさせる弦楽器の不思議な響きも、次第に聴きやすいものに変貌、まるで「オケコン」のような派手な部分と、同じバルトークの「青髭」のような幻想的が部分との対比が絶妙です。ひょっとしたら、それこそ「火の鳥」あたりの引用が感じられるかもしれないほどの、微妙に親しみやすいテイストが、ヴァントによって遺憾なく発揮されています。
フォルトナーの曲は、堂々たる4楽章からなる大曲です。ここでも、とことんオーケストラの華麗な響きを出し切った、素晴らしいサウンドが聴かれます。これだけ、他と異なる1960年代の録音ですが、弦楽器に少し輝きが足らない程度で、なんの遜色もありません。魅力的なのは第2楽章でたびたび現れるバルトークのような「泣き」のテーマ。それと並んで、まさにブルックナーのような、低弦のピチカートに乗った流れるテーマも素敵。ほとんどプロコフィエフを思わせるような超絶技巧(ヴァイオリンのペルペトゥム・モヴィレ!)満載の終楽章は、まるで映画音楽のよう。なんの屈託もなく浸りきれる、明るい音楽です。
そういう流れですから、リゲティもまるで別の曲のような「明るく」「華やか」な仕上がりになっています。ここではクラスターさえも、確かな意味を持つ「ハーモニー」に聞こえるから不思議です。彼は「アトモスフェール」も演奏したことがあるそうですが、それを聴いた作曲者が過大な賛辞を送ったのは、もしかしたらそんな意外な世界の広がりに対する驚きからだったのかもしれません。
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by jurassic_oyaji | 2007-01-07 20:19 | オーケストラ | Comments(0)