おやぢの部屋2
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MOZART/Der Schauspieldirector, Bastien und Bastienne
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Radu Cojocariu(Buff/Colas)
Bernhard Berchtold(M. Vogelsang/Bastien)
Evmorfia Metaxaki(Mlle Silberklang/Bastienne 1)
Aleksandra Zamojska(Mme Herz/Bastienne 2)
Thomas Reichert(Dir)
Elisabeth Fuchs/
Junge Philharmonie Salzburg
DG/00440 073 4244(DVD)



色々な演出が楽しめる「M22」ですが、ついに人形劇バージョンの登場です。刀で斬り合うという残酷なお芝居ですね(それは「刃傷劇」)。ザルツブルク・マリオネット劇場との共同制作、演じているのは人形で歌はちゃんとした歌手が歌うというものですが、もちろんこれはただの人形劇で終わるわけはありません。人形劇のステージの外側では、普通の人間のドラマが展開されるというユニークな設定、しかも、「劇場支配人」と「バスティアンとバスティエンヌ」を合体させたというとんでもないプランなのですから。ただ、「劇場支配人」を他のオペラと一緒に演奏するというアイディア自体は、そもそもあのゲーテが始めたものだそうですから、さして目新しいものではありません。しかし、ここでは演出のトーマス・ライヒェルトのアイディアでこの2つのジンクシュピールが見事に融合し、全く一つのドラマとして成立することになりました。
「劇場支配人」の序曲で始まったそのシーンは、オーディションの会場です。これから「バスティアンとバスティエンヌ」を上演するにあたってのキャストの選定が行われているという設定です。人形は衣装も付けていない骨組みだけのもの、それぞれに番号が付けられて、プロデューサーのフランク(「劇場支配人」のセリフ役)は客席の中からその番号で俳優(もちろん人形)を呼びつけて、指示を出しています。このあたり、まるでブロードウェイ・ミュージカルの「コーラス・ライン」を思わせられるようなところです。その助手としてステージと客席を行ったり来たりして働いているのが、オリジナルでは歌手だったブッフ、どうでもいいことですが、このコジョカリウという人はあのクラヲタ阿部寛にそっくりです。
そんな、劇場全体がステージと一体化した中で、オーディション劇は続きます。フランクに「普通に歩け!」とか「寝るな!」などと叫ばれている人形たちの動きはとてもチャーミング、そんなユーモラスな仕草に場内から笑いがおこるという場面が頻繁にあるうちに、殆どステージと客席、そして人間と人形の区別が付かなくなるような不思議な感覚に陥っていきますよ。その中で、マドモワゼル・ジルバークランクと、マダム・ヘルツのアリアが、人形によって歌われます(もちろん、2人のソプラノ歌手が歌っていますが)。
やっとキャストが決まったものの、結局バスティエンヌ役はその2人のダブルキャストになってしまいました。しかも、魔法使いのコラスは、その阿部ちゃん(?)がそのまま、つまり人形と人間が共演するということになってしまいます。そして、まるであのベートーヴェンの「エロイカ」そっくりの(これは殆どパクリ)イントラーダに乗って、「バスティアンとバスティエンヌ」が始まります。
この作品は良く上演されるものですが、ストーリーがどう考えてもいい加減、しかも、ちょっとした「発表会」程度のところで手軽にやられることも多いため、なんとも胡散臭いイメージがついて回ります。ですから、逆にこのような思い切った設定の方が、音楽を純粋に味わうことが出来ました。歌手たちはみなクセのない素直な声で、アンサンブルなどはとても美しいものでした。女声が歌うこともあるバスティアン役はテノールのベルヒトルト、この人の伸びのある声も素敵です。そして、なによりも指揮者のフックス(女性です)が作り出す音楽が、若々しくて生気に満ちています。
先ほどのダブルキャスト、途中で人形を(歌手も)入れ替えるというシーンがあって、2人ともめでたく出演できたのですが、そのあとにまた「劇場支配人」のシチュエーションが戻ってきて、その2人(2体)が「私こそがプリマなのよ!」という言い争いを始めるという仕掛け、これには思い切り楽しめました。
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by jurassic_oyaji | 2007-01-16 23:09 | オペラ | Comments(0)