おやぢの部屋2
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MOZART/Così fan tutte
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Ana María Martínez(Fiordiligi)
Sophie Koch(Dorabella)
Stéphane Degaut(Guglielmo)
Shawn Mathey(Ferrando)
Helen Donath(Despina)
Thomas Allen(Don Alfonso)
Ursel & Karl-Ernst Herrmann(Dir)
Manfred Honeck/
Wiener Philharmoniker
DECCA/00440 074 3165



女性の貞節の危うさを肴に賭を行うという不謹慎極まりないオペラ「コシ・ファン・トゥッテ」に隠されたメッセージを、最近の演出家はそれぞれのやり方で明らかにしているということは、こちらで詳しく述べられています。少しでもまっとうな姿勢を貫きたいと思っている演出家であれば、題名の通り「女はみんな不倫をするものさ」などというノーテンキなテーゼをそのまま信用することは決してないということが、これを読めば分かることでしょう。
もちろん、スワッピングでお互いの関係に微妙な変化が生じたあとは、以前と全く同じ関係でいられるわけがない、というところでは共通しているものの、その「変化」の扱いは多種多様、今回の「M22」でのヘルマン夫妻のプロダクションでは更に新しいアイディアが開発されているのですから、楽しみは尽きません。
これは、「ザルツブルク」とは言っても、元々は2004年の「イースター」でのプロダクションだったものを、共同制作として「夏」の音楽祭のレパートリーにしたものです。まずは、祝祭大劇場の間口の広いステージを十分に生かし切った広々とした空間が目を引きます。地平線を思わせるホリゾント、その前には舞台装置らしいものは殆どなく、卵のようなオブジェが置かれているだけ、コンティヌオのチェンバロまでが(もちろん、奏者も一緒にいます)ステージの上にあるのには、なにかシュールな気配すら漂います。そう、まさに「シュール」の代名詞、あのサルヴァドール・ダリの世界がそこには広がっていたのです。場面転換のためにちょっとした小道具が使われますが、そこで登場するY字型の支柱(「三つ又」と言うんでしたっけ?)などは、まさにダリのモティーフそのものではありませんか。このようなステージで演じられれば、この物語を「現実」と捉える人は誰もいなくなるはずです。
ヘルマン夫妻のプランでユニークなのは、デスピーナのキャスティングでしょうか。本来は若いキャピキャピの「発展家(死語!)の小間使い」という設定だったものを、そこに起用されたのはヘレン・ドナートという超ベテラン歌手でした。しかし、なぜか超セクシー。あっけらかんと姉妹にアヴァンチュールをそそのかす、というよりは、「大人」として人生を楽しむように進言する、といった趣です。この役はアレンの演じるドン・アルフォンソの異様な老けぶりともマッチして、若いキャストで占められた恋人達との恋愛観、あるいは人生観の違いを強調しているかに見えます。
ところが、このプロダクションで明らかになるのは、ただの世間知らずのお嬢様だったはずの姉妹のとてつもないしたたかさでした。男どもが賭けの相談をしているシーンで、その広いステージの彼方から姉妹がその様子をのぞいているというカットが、執拗に映し出されることにより、この2人が男どものお芝居を知りながらそれに付き合っていくということが分かってしまいます。その結果、結婚式のシーンで「種明かし」をしたグリエルモは、フィオルディリージから手痛い平手打ちを喰らうことになってしまうのです。もちろん、その先に待っているものは救いようのない関係であることが、幕切れの演出で暗示されるのも当然のことでしょう。
ホーネックの音楽には、軽やかな滑らかさがあります。軽快そのもののハイスピードで突っ走る序曲から、その流れは始まりました。恋人達のそれぞれのアンサンブルもとても心地よいものです。女声ほどの個性があまり前に出ていない男声、特にテノールのマテイの声はとても魅力的でした。ただ、アリアの「Un'aura amorosa」(17番)あたりはあまりに軽すぎ、これからの人、ということでしょうか。もう少しまていろ(待っていろ)とか。
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by jurassic_oyaji | 2007-02-18 20:50 | オペラ | Comments(0)