Anna Netrebko(Sop)
Rolando Villazón(Ten)
Nicola Luisotti/
Staatskapelle Dresden
DG/00289 477 6457(輸入盤)
ユニバーサル・ミュージック/UCCG-1348(国内盤4/25発売予定)
2005年のザルツブルク音楽祭での
「椿姫」の、異常とも言える盛り上がりの立役者は、もちろんネトレプコでしたが、その相手役を演じたヴィリャソン(かつては「ヴィラゾン」と表記されていました)もこれを機会に一躍脚光を浴びることになってしまいました。何と言っても最大の魅力はその情熱的なルックスでしょうか。世の「オペラおばさま」にとって、これほどインパクトのあるテノールもいないことでしょう。もちろん、ネトレプコの相手役を務めるのですから歌だってきちんと歌えるはずですし。
その「椿姫」の映像は、衛星放送で流されることはあっても、DVDになることはないと、当初は言われていました。この2人が契約しているレーベルが異なっていたことがその最大の原因だとか。しかし、ヴィリャソンはいつの間にかレーベルを変わっていました。めでたく件のDVDはリリース、その勢いでこんな夢のようなアルバムまで作られることになってしまいましたよ。
ガーディアン祇によって「ゴールデン・カップル」と命名された(そういうグループサウンズがありましたね・・・「
ゴールデン・カップス」、ですか?)この王子様と王女様のようなコンビが録音を行ったのは去年、
2006年の8月のことでした。録音会場はドレスデンのルカ教会、かつてこの都市がある国が「東ドイツ」と呼ばれていた時に、その国のレコード会社が数々の名録音を産み出したことで有名な場所です。この都市のオペラハウスのオーケストラ、シュターツカペレ・ドレスデンのまさに「いぶし銀」のサウンドは、ここでの録音によって世界中に知れ渡ることになりました。今回のアルバムでバックを務めているのが、まさにこのオーケストラ、これは素晴らしい結果をもたらしました。指揮をしているのがニコラ・ルイゾッティという、全く知らない人なのですが、その完璧なアンサンブルと磨き抜かれた音色で、見事にこのカップルの魅力を引き立てています。
ネトレプコと言えば、この年もザルツブルク音楽祭に出演していました。モーツァルトの全てのオペラを上演するという途方もないプロジェクトの、最大の目玉とも言われた「フィガロの結婚」のスザンナを、7月末まで演じていたのです。そして、数日後にドレスデンでこの録音セッションですから、これはかなりのハードスケジュールだったことでしょう。
しかし、ここではあのヘヴィーな「フィガロ」の疲れも見せぬ、ネトレプコの素晴らしい歌が堪能できます。彼女の最大の魅力は、何と言ってもあのレーザー光のようなフォーカスの合った輝かしい声でしょう。それが、ドニゼッティの「ルチア」の中のあの有名な旋律を奏でる時、言いようのない戦慄のようなものが(これはおやぢではありません)聴き手の体に走るのを感じるはずです。それは、声そのものの中にすでに濃密な表現が含まれていることを感じた驚きに由来しているに違いありません。ことさら歌い廻しを操作しなくても、声が出た瞬間からそこには確かな意志が込められているのです。ちょっとした素振りだけで、そこからは無限の表現が生まれることでしょう。
ですから、そのデュエットで全く同じ旋律をヴィリャソンが歌った時に、ネトレプコとはあまりに隔たったものが現れたことに驚かされることになります。声自体はあのドミンゴを彷彿とさせる伸びのあるものなのですが、表現があまりにも暑苦しいのですね。このジャケットに見られる濃すぎる眉毛のように、それはいかにもうざったいものでした。ネトレプコが、内部から自然に生まれてきたものにほんのちょっと手を加えて豊かな表現を産んでいたのとは対照的に、このテノールはベタベタと外側をいじくりまわさないことには、表現など到底生まれないと考えているのでしょうか。
彼の持ち味は、ほとんど誰も知らないようなお国もののサルスエラ、トローバの「ルイーサ・フェルナンダ」あたりでしょうか。いかにネトレプコでも、ここに入り込むのはかなり大変だったことでしょうね。