おやぢの部屋2
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MAHLER/Symphony No.2
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Juliane Banse(Sop), Anna Larsson(Alt)
David Zinman/
Schweizer Kammerchor
Tonhalle Orchestra Zurich
RCA/82876 87157 2
(輸入盤 hybrid SACD)
BMG
ジャパン/BVCC-38471/2(国内盤 hybrid SACD


2枚組のCD、国内盤はどうなのかは知りませんが、輸入盤では以前にも苦言を呈したような、とんでもないパッケージになっています。CD2枚を重ねて差してあるという、本当にCDをいとおしく思う人だったら絶対出来ないような収納の仕方を平気でやっている人たちには、この商品を通じて「音楽」を届けているという意識は全くないのでしょうね。
もちろん、それは製造から出荷に携わる人の問題、演奏や録音を担当していた人の責任ではありません。というより、これだけいい仕事をしているだけに、その後のあまりに雑な扱いがやりきれなく思えてしまいます。
いつの間にかBMGの廉価レーベルのARTE NOVAから、大御所RCAに移っていたジンマン、もちろん、今のレコード業界ではそんな老舗レーベルに行ったからといって格段に評価が上がったとは考えにくいものですが、価格面でのランクは確実に上がってしまっていました。
そもそも、このCDから聞こえてきた音が、かつてRCAと言われて連想されるようなサウンドではなかったことが、もはやレーベルの個別のサウンドというものが存在していないという今の状況を反映しているものなのでしょう。ここで聴かれるしっとりとした弦や木管、炸裂する生々しい金管の肌触り、そして腹の底に響くような重たい打楽器の存在感は、在りし日のイギリスDECCAのサウンドそのものではないでっか。改めてエンジニアを確かめてみるとそれはサイモン・イードンというまさにDECCAサウンドの立役者、納得です。
そんなゴージャスなサウンドに助けられて、ジンマンの軽やかなマーラーはとても心地よく耳に届いてきます。オケ全体でひとかたまりになって迫ってくるというよりは、各パートの独立した細かい表情を集約して一つの表現に持っていく、というのが、マーラーに於けるジンマンの手法なのでしょうか。その結果、もしかしたらあまりマーラーらしくない音楽に仕上がっているのかもしれませんが、とても風通しの良い爽やかなものを体験することが出来ました。例えば、終楽章の後半に出てくるピッコロのソロは、おそらく本来マーラーはちょっと不思議なサウンドをもたらしたいためにこの楽器を選んだのでしょうが、トーンハレ管弦楽団のピッコロ奏者があまりにうますぎるために、逆になんの引っかかりも感じられないという皮肉な結果をもたらしてしまいました。
声楽陣では、アルトのラーションが、それほど深刻ぶらないでこのジンマンの世界に良く馴染んでいます。バンゼがこういうところで歌っているというのはちょっと意外でしたが、こちらは逆に少し張り切りすぎでしょうか。というのも、合唱で参加している、ベートーヴェンの「第9」などでお馴染みのスイス室内合唱団(「室内」といいながら、100人ものメンバーがクレジットされています)が、とことん冷静な歌い方に終始しているために、一緒に歌うソプラノがちょっと浮いて聞こえてしまうからです。ほんと、ベートーヴェンでは分からなかったことですが、フリッツ・ネフに率いられたこの合唱団の精緻なソノリテには、感動すらおぼえます。初めて合唱が登場する場面でのピュアな響きといったら、どうでしょう。特に男声パートがいかにも「大人」の音楽を提供、全体で盛り上がるところでも、決してコントロールが失われることはありませんでした。
そんな、ある意味醒めたパートの集まりから、ジャケットにある「魚に説教する聖アントニウス」のような、ちょっとユーモラスな世界すらも感じることが出来たというのも、ちょっと不思議なことなのかもしれません。
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by jurassic_oyaji | 2007-05-07 19:47 | オーケストラ | Comments(0)