おやぢの部屋2
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ORFF/Carmina Burana
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Clair Rutter(Sop), Tom Randle(Ten)
Marcus Eiche(Bar)
Marin Alsop/
Bournemouth Symphony Orchestra and Chorus
NAXOS/8.570033



オルフの「カルミナ・ブラーナ」を聴く時には、やはり華々しくカッコいいサウンドのもののほうが気持ちがいいのではないでしょうか。ほとんどノーテンキ一歩手前の乱痴気騒ぎ、みたいなイメージが、この曲にはしっかりついて回っていますからね。オーディオファイル向けの華やかな録音のものも市場にはあふれていますし。しかし、そんな期待をもって、このオールソップの演奏に向き合うと、ちょっとした失望感がわいてくるのは間違いないはずです。とにかくモッサリとしたこの味わいは、たとえばコマーシャルなどで頻繁にテレビから流れてくるこの曲のスペクタクルな印象とは雲泥の差なのですから。
その最大の原因は、合唱のやる気のなさでしょうか。「O Fortuna」という、しょっぱなの一番カッコいいところからして、まずずっこけずにはいられないほどの、どん臭さ。声にキレはないし、何よりもその暗めの音程はこの曲から期待するものからは遠く隔たったものだったのです。例えば、ある音から下がって又元の音に戻るというメロディラインの場合、下がったままで決して「元の音」にはなっていないというもどかしさがあります。それに加えて、男声などはほとんど「叫び」に近いほどの、音程すらもなくなったような雑な歌い方に終始していますから、そこからカッコ良さを聴き取るのはかなり困難なことになってきます。
オーケストラにしても、何か一本芯が抜けているような気がしんてなりません。合唱の入らない「Tanz」での、変拍子のおもしろさは全く伝わってきませんし、中間部でのフルートソロに絡むティンパニのなんとかったるいことでしょう。
しかし、そんなある意味いい加減な演奏が、しばらく聴き続けていると何ともいえない味を醸し出すように感じられてくるのは、ちょっと不思議な体験でした。なにか、単に機能的な面だけでは説明できないような魅力が、このオールソップの演奏にはあったのです。それは、言ってみればこの作品の題材となった中世の修道院の雰囲気のようなものが直に伝わってくる感覚がここから得られた結果だったのかもしれません。現代の高層ビルの外観のようなつるつるに磨き上げられた滑らかさではなく、石を積み重ねたゴシック建築のような、素朴でざらざらした肌合いが、そこにはありました。もしかしたら彼女は、高性能の大編成オーケストラから、トゥルバドールが奏でるリュートやパイプの味わいを出そうと企んだのではないか、そんな気持ちにもさせられてしまいます。そう思い直して聴いてみると、これは実に和む演奏です。
そんな世界観の中にあって、バリトンのアイヒェはその中心的な役割を担っているように感じられます。第3部でのソロ「Dies, nox et omnia」では、装飾的な高音をファルセットで歌わなければなりませんが、その部分での怪しげな味わいにはゾクゾクさせられるものがあります。これは、本当ならその前のテノールの唯一のソロの部分で味わうべきものだったのでしょうが、それを歌うランドルにはそこまでの色気はありませんでした。
ソプラノのラッター(ジョン・ラッターと、何か関係がある人なのでしょうか)は、リズム感は抜群のものがあるにもかかわらず、音程に問題が多すぎて、有名な「In trutina」やエンディングへ向かって大見得を切るべき「Dulcissime」では、悲惨な結果に終わっています。
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by jurassic_oyaji | 2007-05-14 19:25 | 合唱 | Comments(0)