おやぢの部屋2
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MESSIAEN/Quatuor pour la fin du temps
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長沼由里子(Vn)
Jean-Louis Sajot(Cl)
Paul Broutin(Vc)
Anne-Lise Gastaldi(Pf)
CALIOPE/CAL 9898



メシアンの「四重奏曲」の新しい録音です。演奏しているのが、日本人の長沼さんも参加されている「フランス八重奏団」のメンバーと、ピアノのガスタルディです。この「八重奏団」は、お察しの通りシューベルトの「八重奏曲」を演奏するのに必要なメンバー、すなわちクラリネット、ファゴット、ホルン、そして弦楽五重奏という編成の常設の団体なのだそうです。もちろん、年中シューベルトばかり演奏しているわけにはいかないでしょうから、このように適宜メンバーをピックアップ、足らないパートは新たに加えてメシアンなども演奏することになります。
一方、メシアンのこの曲を演奏するために結成されたという団体も、かつて存在していたことがあるのもご存じのことでしょう。「タッシ」という名前のそのグループの録音が最近リマスター盤としてリリースされたものをついこの間聴いたばかりですので、いやでもこの演奏と比較することになってしまいますが、それも巡り合わせということなのでしょうか。
しかし、同じ曲でありながら、演奏者によってこれほどの違いが出てくるというのも、なかなか興味深いものです。中でも、クラリネットだけで演奏される第3曲目の「鳥たちの深淵」などは、まるで別の曲かと思われるほど、印象が異なっています。ここでのクラリネット奏者サジョは、楽譜に書いてある音を丁寧に一つ一つ再現することに、最大の関心があるように思えてきます(些事にこだわるんですね)。まるでソルフェージュのようなその淡々とした演奏からは、「タッシ」でストルツマンが見せてくれたような生命の息吹は全く感じることは出来ません。
そんな、ある意味躍動感に乏しい彼らの解釈は、そもそも1曲目の「水晶の礼拝」で現れているものでした。そのような流れのイニシアティブをとっていたのがこのクラリネット奏者であったことが、このソロで明らかになったというわけです。ですから、4人が最初から最後までユニゾンで演奏するという第6曲目の「7つのラッパのための狂乱の踊り」からは、「狂乱」とはほど遠い緩やかな情緒しか伝わってはきませんでした。
従って、彼らの美点はそのような動的なものとは正反対の面で、くっきりと現れてくることになります。それは、まるでヒーリング・ミュージックのような静的な美しさを追求する姿勢です。それに気づかされるのが、2曲目「世の終わりを告げる天使たちのヴォカリーズ」です。ピアノが色彩的な和声を奏でる中、ヴァイオリンとチェロのユニゾンによって流れてくる単旋律は、何ともしっとりと味わい深く響き渡っていたのです。それは、「タッシ」の放っていたクールなテイストとは全く異なる世界を形作るものでした。
その世界は、チェロとピアノのデュエットである第5曲目「イエズスの永遠性に対する頌歌」で、さらにはっきりした形となって現れます。チェロのいつ果てるともしれない旋律は、ピアノとともに徐々に昂揚していき、ついにはエクスタシーを迎えます。その直後の虚脱感の、なんと生々しいことでしょう。
そして、それは最後の「イエズスの不死性に対する頌歌」によって、見事な結末を迎えることになります。ここでのヴァイオリンは、まるですすり泣くようなハスキーな音色から、セクシーこの上ない芳醇な音までを自在に使い分け、メシアンのいうところの「愛」を謳いあげます。すべてを語り終わった最後のピアニッシモの、極上の美しさは、この演奏のある一つの面での卓越した資質を、見事に知らしめています。
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by jurassic_oyaji | 2007-05-16 20:01 | 室内楽 | Comments(0)