おやぢの部屋2
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BRUCKNER/Symphony No.4
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Simon Rattle/
Berliner Philharmoniker
EMI/384723 2
(輸入盤)
東芝
EMI/TOCE-55947(国内盤)


どんな曲でも録音していそうなラトルですが、ブルックナーに関してはほとんど手つかずの処女地だというのは、ちょっと意外な気がします。現に専属のレーベルであるEMIにはバーミンガム時代の96年に「7番」を録音しただけ、あとは名前も聞いたこともないようなマイナー・レーベルにベルリン・フィルとの「9番」(2002年)とロッテルダム・フィルとの「4番」(2001年)を入れているだけなのですね。ですから、この曲に関しては2度目の録音ということになります。ただし、2001年のものはハース版、今回はノヴァーク版ということになってはいます。
ベルリン・フィルというオーケストラ自体は、いままで数多くの指揮者とこの曲を録音してきました。しかし、今回のラトルとの共演に臨んで、彼らはそれらの体験をリセットし、全く新たな気持ちでこの曲に向かい合ったのではないかと思えるほど、ここには新鮮な息吹が宿っています。ドイツのオーケストラでありながら、例えば最近聴いた例ではヘレヴェッヘの指揮したシャンゼリゼ管弦楽団のような洗練されたピュアな響きがあったのです。
第1楽章で感じられるのは、とても滑らかな肌触りです。ホルン1本で始まった出だしのテーマが次第に楽器を増して盛り上がっていく様子が、まるでオートマチック車、それも最新の無段変速機のように全くギアチェンジが意識されないような趣です。最後に金管楽器が加わって例のブルックナー・リズムで最高潮に達するところでも、そこに移るところでたいがい気づかされるシフトアップが全く感じられないまま、そのクライマックスを迎えるというスマートな仕上がりになっています。よけいな力が加わらないでいつの間にか高いテンションがもたらされている、一見自然な成り行きのように見えて、これはかなり難易度の高いものなのではないでしょうか。ラトルの描いたクレバーな設計図を、ものの見事に実体化出来るほどに、このオーケストラのアンサンブルは高い次元のスキルを獲得していたのでしょう。金管が朗々と雄叫びをあげているときにも、弦楽器は分厚い音の壁を築き上げていて、決して隠れることはありません。
さらに、この楽章の展開部の初めで見せつけられる究極のピアニシモにも、耳をそばだてずにはいられません。音というよりはまるで「気配」のようにほのかに漂う繊細この上ない弦楽器の響き、それはまるで「祈り」のようにさえ聞こえます。
第2楽章では、チェロとヴィオラがそれぞれ奏でるパートソロが聴きどころでしょう。深い音色とたっぷりとした歌い口、もちろんそれはラトルが示したほんのちょっとした表情の仕草を、見事に全員が音にしたものです。提示部の最後の部分で聞こえてくるフルート1本だけの本当の「ソロ」にもご注目、吹いているのは多分パユでしょうが、彼本来の華麗な音色を捨てて、見事にピアニシモでの存在感を聴かせてくれています。ここまで手なずけたラトルの根気も見事です。
第3楽章も、決して粗野にならない洗練された味が堪能できます。ホルンの狩りのテーマが、これほどまでに上品に鳴り渡っている演奏はなかなかあるものではありません。トリオを聴くと、テーマがオーボエとクラリネットで演奏されています。これはもちろんハース版でのかたち、ノヴァーク版を使ってはみたものの、こうしてハース版も取り入れるというのは、指揮者の裁量なのでしょう。
フィナーレは、それまでとはうってかわって、時折荒々しさも交えて進んでいきます。おそらくこれもラトルの緻密な設計のなせる技なのでしょう。生理的にもここまで弾けてくれれば何も言うことはありません。
なんか、非常に楽しめるブルックナーを味わえたという幸せな気持ちになれたのは、このレーベルらしくない抜けのよい録音のせいもあったのかもしれません。
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by jurassic_oyaji | 2007-05-18 21:07 | オーケストラ | Comments(0)