おやぢの部屋2
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PAISIELLO
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Roberta Invernizzi, Alla Simoni(Sop)
Luca Dordolo(Ten), José Fardilha(Bar)
Diego Fasolis/
Coro della Radio Svizzera
I Barocchisti
CPO/777 257-2



ジョヴァンニ・パイジェッロというRV車みたいな名前(それは「パジェロ」)の作曲家は、かつてはロッシーニより先に「セヴィリアの理髪師」を作った人としてのみ知られていたものです。このお話、ボーマルシエの原作では、アルマヴィーヴァ伯爵がロジーナと結婚してしばらく経ってから、その使用人のフィガロが結婚することになっています。ところが、今あるオペラではモーツァルトがフィガロを結婚させてから、ロッシーニがそのフィガロの尽力で伯爵を結婚させるという逆の順番になっているので、そのことを突っ込んできた人に対して、「それはね、モーツァルトが『フィガロの結婚』を作る前にパイジェッロという人が『セヴィリアの理髪師』を作っていたからなんだよ」と優しく諭すというネタを提供するためだけに、この人は存在していたという時代が、確かにあったことは事実です。
もちろん現在では件の「セヴィリア~」も実際に上演されて人々の知るところとなり、パイジェッロは18世紀後半の偉大なオペラ作曲家として正当に評価されるようになっています。そして、この「イエス・キリストの受難」というような珍しい曲までも、しっかりCDとして録音されるようになりました。しかも、これが初録音ではなく、以前にもポーランドの団体が演奏したものがARTSから出ていたのですからね。
ところで、常連さんでしたらこのタイトルを聞いて思い当たることがあるはずです。そう、これはピエトロ・メタスタージョが1730年に書いた台本をテキストとして作られた多くの作品の中の一つなのです。以前、そのうちのサリエリミスリヴェチェクのものについてご紹介したことがありますが、これはそのときのシュペリングのプロジェクトとは別の、スイスの団体による演奏です。
曲の構成は、ほぼ同じ時期に作られた先ほどの2曲と同じ、オーケストラをバックにキリストの弟子である4人の独唱者がレシタティーヴォやアリア、重唱を歌うというものです。そのほかに2部からなる曲の最後に合唱のナンバー(1部の中に、もう1曲)が入っています。レシタティーヴォが、単純なセッコではなく、オーケストラの伴奏が入るもの、それも、時折効果音のようなものまで交えたかなり表現力の豊かな作り方になっています。もちろん、これはオペラ作曲家として100曲近いオペラを作ってきたパイジェッロのノウハウがフルに現れたものなのでしょう。そんな伴奏に乗って、歌手たちも見事に深い情感を歌い出しています。特にペトロ役のソプラノ、インヴェルニッツィの鬼気迫る表現は圧巻です。ヨハネ役のテノール、ドルドロがちょっと冴えない分まで、見事にカバーしています。
アリアでは、すべての管楽器がソロ楽器として登場、大活躍しています。中でも重用されているのがクラリネット、大詰めに置かれたペテロのアリアでは、とても技巧的な長い前奏が付いています。ここまで吹かせるということは、パイジェッロの周辺にかなりの名手がいたということなのでしょう。モーツァルトにおけるシュタードラーのように。
そんな、モーツァルトの、例えば「ティートの慈悲」の中のアリアのような連想を抱いたのには、訳があります。この中で聞こえてくるアリアが、メロディといいハーモニーといい、そしてテキストの扱い方といい、モーツァルトその人のものとあまりにも酷似しているのです。これは以前のミスリヴェチェクの時にも感じたことなのですが、今回はその度合いがさらに増して、今までこれこそはモーツァルト固有のもので、他の人には絶対出せない味だな、などと思っていたものが次々に現れてくるのです。当時の状況を考えれば、パイジェッロがモーツァルトの真似をする事などあり得ません。事態はその逆、モーツァルトは何とかしてパイジェッロのようなオペラ作曲家になりたいともがいていたのですから、「真似た」のはモーツァルトのほう。あの時代にモーツァルトと同程度の作曲家などいくらでもいたという、これは一つの傍証です。
そんな、モーツァルトが好きな人なら誰でも好きになれるパイジェッロ、もっと他の曲も聴いてみたいものです。
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by jurassic_oyaji | 2007-05-21 19:57 | 合唱 | Comments(0)