おやぢの部屋2
jurassic.exblog.jp
ブログトップ
Sacred Bridges
c0039487_2030258.jpg



The King's Singers
Sarband
SIGNUM/SIGCD065



しばらく前に買ってあったCDなのですが、積み上げてあった山の中から、なんだか「聴いてください」と呼ばれているような気がしてほじくり出してみたところ、紹介せずにはおかれないほどのとても興味深い内容を持つものであることが分かりました。そうなってくると、2005年のリリースでも全く古くは感じられなくなってくるのが、不思議です。
このジャケットには、3つの宗教をシンボライズするマークが並んでいます。左からユダヤ教、キリスト教、そしてイスラム教です。その下のフォントも、一見イスラム文字の形を真似た、英語のアルファベットというのが、このアルバムのコンセプトを物語っています。それは、「詩篇」という同じテキストを橋渡しにして、それぞれの宗教の支配下にある文化圏から生まれた音楽を見渡してみようという試みだったです。
「詩篇」というのは、ご存じ、旧約聖書の中にある150篇から成る神をたたえる詩のことです。これは、キリスト教だけではなく、ユダヤ教でもイスラム教でも用いられています。ルネサンスの後期、マントヴァ公ヴィンチェンツォ・ゴンザーガの宮廷に、モンテヴェルディなどと同じ頃に仕えていたユダヤ人の楽士で作曲家でもあったサラモン・ロッシ・ヘブレという人は、マントヴァに設けられたゲットーでの礼拝で演奏するために、イタリア・ルネサンスの様式で、詩篇の元々の言語であるヘブライ語のテキストに作曲を行いました。このアルバムではまず、この、いわばキリスト教文化とユダヤ教の融合ともいうべき作品が、キングズ・シンガーズのとびっきりのハーモニーで歌われます。
一方、カルヴァンによる宗教改革の時代に、この詩篇の全てに簡単な旋律が付けられ、「ジュネーヴ詩篇歌」というフランス語の賛美歌集が編まれました。このジュネーヴ詩篇歌は、その後多くの作曲家によってポリフォニーの合唱曲の素材として使われることになります。その例として、フランスのクロード・グディメルと、オランダのヤン・スヴェーリンクの作品が、やはりキングズ・シンガーズによって歌われます。
そして、ここにイスラム教との関わりで登場するのが、アリ・ウフキという人物です。この人は、元々はポーランド人の教会音楽家でヴォイチェク・ボボフスキという名前だったのですが、18歳の時にオスマン帝国の奴隷として捕らえられ、メフメト4世の宮廷に「売られ」てしまうという、数奇な運命をたどります。彼はイスラム教に改宗、名前もアリ・ウフキと変えて、スルタンの後宮で音楽家として働く傍ら、詩篇をトルコ語に翻訳し、そこにトルコの旋法にモディファイしたジュネーヴ詩篇歌のメロディを当てはめて、イスラム音楽としての詩篇を作り上げたのです。
この、ウフキの音楽を担当するのが、以前も取り上げたことのある「サルバンド」という民族音楽のグループです。もちろん、メンバーは人間です(猿のバンドではありません)。その演奏は、キングズ・シンガーズとのコラボレーションという形をとって、イスラム音楽のキャラクターをまさにショッキングなほどに示してくれています。例えば、詩篇第9篇ではいきなり尺八のような音色の「ネイ」という楽器の即興演奏から始まり、そのあとにキングズ・シンガーズがア・カペラでグディメルの作品を演奏します。と、いきなり太鼓と日本の箏(つまりお琴)そっくりの「カヌム」という楽器の伴奏に乗って、同じメロディがだみ声のヴォーカルでトルコ語で歌われます。そして、今度はその伴奏のままキングズ・シンガーズが歌い出す、という構成です。詩篇第5篇なども、同じような構成、ここでは楽器だけではなくヴォーカルも延々とインプロヴィゼーションをを展開して、キリスト教とイスラム教、つまり西ヨーロッパとオリエントが融合しためくるめく不思議な世界が繰り広げられていくのです。
詩篇第2篇や、詩篇第6篇では、スヴェーリンクの厳格なポリフォニーがきちんと歌われたあと、このサルバンドとのコラボが始まります。こんな面白いCD、聴かないでいたらきっと後悔していたことでしょう。
[PR]
by jurassic_oyaji | 2007-06-06 20:31 | 合唱 | Comments(0)