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ピアノはなぜ黒いのか
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斎藤信哉著
幻冬舎刊・幻冬舎新書
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どんな楽器でも、楽器固有の色というものがあります。弦楽器ですと茶色、金管楽器はまず金色でしょうか。木管楽器はちょっと微妙、オーボエやクラリネットは黒ですが、ファゴットは赤茶色、そして、フルートは金色だったり銀色だったり、あるいは黒かったり。そこで、この本の主人公のピアノです。普通のコンサートではまず例外なくその色は黒に決まっています。なぜ「黒」なのか、それを検証するのがこの本の目的・・・だと思うと、それがそうではないのです。確かにこの点については「演奏者のファッションより目立つことのないように」ということで一応納得させようとしていますが、そんな単純な理由ではないはずだ、と、誰しもが考えるはずなのに、それに対する答えは結局分からずじまい、何かすっきりしない思いが残ります。
そんな読者の気持ちを置き去りにして、著者の話はもっぱら「日本における家庭用のピアノはなぜ黒いのか」という、全く予想外の方向へ進んでいきます。まあ、それは、長いピアノの発展の歴史の中で、いきなり完成品を見せられて盲目的に権威付けをしてしまったという、どこかで聞いたようなありきたりの文化論としてのまとまりを見せるのですから、それなりに完結したロジックではあるのですが、もっと違った面での追求を勝手に期待して読み始めたものにとっては、軽い失望以外の何者でもありませんでした。
したがって、この本を楽しむためにはこんな煽動的なタイトルに振り回されず、著者が長年調律師として接してきた数々のピアノとの出会いのエピソードを存分に味わった方がいいに決まっています。そこからは、私たちが「ピアノ」と言われて思い浮かべる音以外にも、さまざまな魅力的な音色や語り口を持った楽器が、世界にはたくさん存在しているという事実を知ることが出来るはずです。確かに、今ふつうに聞いているこの楽器は、「楽器」というよりは何か巨大な「機械」のような気がしてならない人は少なくはないはず、もっと繊細な味を持つ楽器を実際に聴いてみたくなる人は必ずいることでしょう。
その流れから、著者の「電子ピアノ」に対する攻撃は、強い説得力を持つことになります。ピアノという楽器の音は、演奏者自身が作るもの、あらかじめサンプリングした音源を組み込んだだけの電子ピアノでは、それが全くかなわないものだ、という著者の訴えかけは、実際に演奏者の意のままに音を出すことの可能なピアノを身近に知っている人だけがなし得るものに違いありません。
さらに、電子ピアノの隆盛を生んだ住宅事情にも言及されれば、これはまさに切実な問題として受け止めざるを得ないはずです。なぜ、家庭用のピアノまで、コンサートホールでしか必要ではないほどの大きな音が出るようになっているのか、もっと小さな音しか出ない楽器を作るべきなのではという提案には、確かな説得力があります。
同様に、古くなってもう使えなくなったかに見えた楽器を、見事に修復したという多くのエピソードも、とても魅力的に感じられます。そこから見えてくる、楽器をまるで生き物のように慈しむ著者の気持ちが、何ともいえず心に響きます。長い時を経ても変わらない音の美しさは、しかし、ヨーロッパのように自然乾燥した木材でこそ生まれるもの、短期間の人工乾燥による日本製の大量生産の楽器にはそれは期待できないという指摘(繊維が切れてしまうのだそうです。日本でも、初期のものは自然乾燥だったという、製法の遷移も語られます)も、また強く胸を打つものです。
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by jurassic_oyaji | 2007-06-20 20:40 | 書籍 | Comments(0)