おやぢの部屋2
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HANDEL/Arias
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Russell Oberlin(CT)
Thomas Dunn/
Baroque Chamber Orchestra
DG/00289 477 6541



「伝説的」と言われているアメリカのカウンター・テナー、ラッセル・オバーリンの1959年のアルバムが初めてCDになりました。それがどれほど「伝説的」なのかは、この、復刻された古色蒼然たるジャケットを見れば分かります。版下はもう残ってはいないのでしょうか、いかにも保存状態の悪い、褪色していてところどころはすり切れているようなLPジャケットをそのままスキャンしたという感じですね。DGにしてはなんとも珍しい、と思ってよく見ると、右上の方に「DECCA」というロゴが見られます。実は、この録音は元々は「アメリカDECCA」で制作されたものなのです。それをDGがドイツ国内向けに自社レーベルで発売したもの、左下に挿入されているのがその時のジャケットなのでしょう。
クラシックファンにとっては「アメリカDECCA」などというレーベルは馴染みがないかもしれません。そもそもDECCAというレコード会社は1929年にイギリスで創立されたものなのですが、1934年にはアメリカにも子会社を作ります。しかし、1938年にはこの「アメリカDECCA」は親会社から独立してしまい、その時点で「イギリスDECCA」とは全く別の会社になったのです。もっとも後にイギリスDECCAはポリグラムに吸収され(1980年)、さらにアメリカDECCAの後身であるユニバーサルに吸収される(1998年)ことになりますから、現在では又元の鞘に収まったと言えなくもありませんが。
1928年、アメリカ生まれのオバーリンは、アーリー・ミュージックのパイオニアとして、イギリスのアルフレッド・デラーとともに活躍したカウンター・テナーです。しかし、彼は36歳の時に演奏家としては引退してしまい、デラーほどの知名度を得る前に、シーンからは姿を消してしまいました。その後は教育者として活躍、現在もご存命です。年をとってから性転換をし、オバーサンになったというのはもちろんでたらめな風説です。
オバーリンの声は、その最初の音を聴いただけで、非常に魅力的であることが分かります。それは、カウンター・テナーとは言っても、デラーのような、というより、ほとんどのカウンター・テナーがそうであるようなファルセットではない、もっと実声に近い力強いものだったのです。有名なところではドミニク・ヴィスあたりによく似た傾向の声でしょうか。ヴィスの、ちょっと硬質な面を取り除いて、さらに甘くしたもの、といったところでしょう。あるいは、「シャンティクリア」のハイ・テノールのような声、と言うべきかもしれません。そう、これはまさにあのカストラート(と言っても、実際に聴いたことはありませんが)そのものの声だったのです。女声の音域ではあっても、力強さでは男声のキャラクターを備えているというまれに見る声、これは素敵です。
そんな、うっとりするほど魅力にあふれた歌を味わうとともに、これは20世紀半ばのアメリカでのバロック音楽の演奏の記録としても、貴重な価値を持ったアルバムになっています。このころは、そのような時代の音楽についての実践的な研究はまだ緒に就いたばかり、今のいわゆる「古楽器」界の常識とはかなり異なった状況だったはずです。楽器はもちろんモダン楽器、音を聴く限り、かなり大人数のアンサンブルのようです。チェンバロあたりも、そんな大編成の中でも埋もれない、力強い音のモダンチェンバロのはずです。そして、様式的にもバロックに欠かせない自由さはまだ十分には演奏には反映されてはいません。ソリストのカデンツァも、今のものに比べたら単純そのものです。しかし、例えば「ムツィオ・シェヴォーラ」の中の「ああ、なんと甘い名前Ah dolce nome!」の中に現れるカデンツァを聴いてみると、一見生真面目で単純なその歌い方の中に、なんとも言えない深い情感が潜んでいるのを感じることは出来ないでしょうか。
時代を超えた、一つの多様な表現のサンプルとして、このアルバムは永遠の価値を持ち続けることでしょう。
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by jurassic_oyaji | 2007-07-08 19:58 | オペラ | Comments(0)