おやぢの部屋2
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The Magic Flute
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 ケネス・ブラナーが作った「魔笛」は、かなり地味な公開体制のようです。東京でさえ上映しているのは2館だけ、「ハリー・ポッター」のような派手な展開は望むべくもありません。しかし、幸いなことにここ仙台でも東京より1週間遅れで上映(もちろん単館)が始まりましたから、まだまだ捨てたものではありません。
 もちろん、私はこの映画が、音楽に関してはモーツァルトのオリジナルをそのまま使っているということを聞いてからというもの、心待ちにしていたものでした。言葉が英語だというのも、この作品でしたらそれほど障害にはならないでしょうし。
 実際に見終わってみると、その「英語」にこだわったことが、実は非常に重要な意味を持っていたことに気づくことになります。この映画は、シカネーダーのプロットを下敷きにはしているものの、ほとんど原形をとどめぬほどにストーリーを変えて、全く新しいメッセージを込めたというものだったのです。それが一体どんなものだったのかということを知るためには、実際にご覧になって頂くのが一番です。正直、エンディングの壮大なシーンには涙さえ誘うものがありました。
 非常に興味があるのは、原作の「魔笛」を見たり聴いたりしたことのない人がこの映画を見た時のリアクションです。残念ながら、すでにこの作品についてはさまざまな体験を通じて隅々まで知り尽くしてしまっている私には、どんなシミュレーションを試みても、「初めて『魔笛』を見る」という状況を作り出すことは不可能です。それを承知で想像してみると、そういう人はおそらくあちこちで「?」が浮かんでくることでしょう。そもそもタミーノの目的はなんだったのか、とか、3人の少年がいつの間にかザラストロの側についているのはなぜ?とかね。「水の試練を受けてみよ!」といって濁流に流されるのも一体どんな意味なのか、分かる人はいるのでしょうか。
 でも、客席でまわりの人の反応を観察していると、「パ・パ・パ」あたりではみんな素直に喜んでいましたね。あれはあれでコミカルさと、ちょっとしたエロティックさがストレートに状況を超えて伝わってくるのでしょう。
 おそらく、「オペラ」としてこの映画を見る人は少数派であるに違いありません。本来は「弁者」が最初にタミーノの前に現れて「ほんとはザラストロっていい人なんだよ」と語るはずのところで、いきなりザラストロ役のルネ・パーペがそのナンバーを歌っているのに出会えば、この人の顔を数々のオペラで見慣れている私達はその仕掛けに気づき、そのあとで彼が正体を現した時にタミーノに向けたウィンクが、実は私達のようなごく少数の観客に向けられたものであることに気づくことが出来るのです。
 もっとオペラを知っている人であれば、夜の女王役のリューボフ・ペトロヴァが2003年のグラインドボーン音楽祭での「こうもり」で圧倒的なアデーレを演じていたことをおぼえており、したがって、パンフレットにある「2006年のグラインドボーン音楽祭」という経歴が間違いであることに気づくことでしょう。
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by jurassic_oyaji | 2007-07-25 21:58 | 禁断 | Comments(0)