おやぢの部屋2
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MOZART/Symphonies Nos. 40 & 41
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Bruno Weil/
Tafelmusik Orchestra
DHM/82876-89504-2
(輸入盤)
BMG
ジャパン/BVCD-34040(国内盤)


このCD、「レコ芸」の最新号に国内盤のレビューが載っていたのですが、ちょっと気になることが書いてあったので、珍しいことに輸入盤ではなく国内盤をゲットです。そこには、「41番」の楽譜にミスがあることを、指揮者のヴァイルが発見した(確かに、国内盤の帯にはそのことがセールスポイントであるかのように、大々的に記載されています)、ということと同時に、それだけメーカーが力を入れているポイントにもかかわらず、日本語のライナーノーツではそれに対する反論が述べられているということが書いてあったではありませんか。これはぜひとも現物を読んでみなければなりません。
まず、ヴァイルの主張を一緒に掲載されてある楽譜を見ながら読んでみると、確かに彼の言うとおりにファゴットの音が3度ずれているような気になってきます。実際、このまま演奏するととんでもないクラスター(レミファソという「和音」)が生じてしまいますから、モーツァルトの作品としてはちょっと気持ち悪い響きにならざるを得ません。実際は今まで何回もこの部分を聴いていながら何も感じることはありませんでしたし、今回改めて楽譜通り演奏しているものを聴き直してみても特段の違和感はありませんから、そんなに目立つものではありません。ただ、ヴァイルたちは、管楽器だけの分奏の時にこれを発見したということ、確かにここだけ抜き出して吹いてみれば、明らかに「間違っている」という思いを、耳の良い演奏家でしたら確実に抱くに違いありません。
ですから、国内盤のライナーでわざわざ「反論」を述べている安田和信さんという方の論旨には、学術的な正当性だけを問題にして、ヴァイルの提案からは微妙に目をそらせているような態度が感じられてなりません。楽器で音を出しさえすれば、この部分は「おかしい」と感じるのが、まっとうな音楽家だと思うのですが、どうでしょう。もう一つ不思議なのは、こんな反論の掲載を許した日本のメーカーの姿勢です。いかに「と」であっても、自社のアーティストが主張していることなのですから、それを販売するのなら一蓮托生の覚悟で臨むのが、メーカーとしてのあるべき姿なのではないのでしょうかねえ。マイカーはやめるとか(それは、「一円タクシー」)。
ヴァイルが率いるターフェルムジーク・オーケストラは、しなやかさという点ではモダンオーケストラとも十分に拮抗出来るほどのものを身につけています。中でも木管セクションは、ヴァイルがまちがいに気づいたというのも頷けるほど、ひところのオリジナル楽器とは隔世の感のある精緻な音程をみせつけてくれています。クラリネットが入っていない第1稿による「40番」では、その引き締まった音色で存在をアピール、指揮者の求めたキビキビとしたスタイルによく応えています。アンダンテ楽章がいかに軽快なテンポで進もうと、彼らは決して浮き足立ったりせず、インテンポの音楽を誠実に作り上げていきます。
41番」になると、うってかわって華やかな、殆ど脳天気というほどの音楽が繰り広げられます。ここでも基本はインテンポ、軟弱なリタルダンドなどは見せずに小気味よく走り続ける軽快さは素敵です。この演奏がもたらす爽快感は、モーツァルトの音楽には過剰の思い入れなど全く必要ではないことを教えてくれています。鬼の首を取ったように声高にまちがいを指摘するのも、本当は必要のないことなのかもしれません。もちろん、それに対する反論などは、矮小極まりないものです。
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by jurassic_oyaji | 2007-07-26 20:20 | オーケストラ | Comments(0)