おやぢの部屋2
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BACH/Messe h-Moll
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U. Selbig, S. Krumbiegel(Sop),E. Wilke(Alt)
Martin Petzold(Ten),Gotthold Schwarz(Bas)
Georg Christoph Biller/
Thomanerchor Leipzig
Leipziger Barockorchester
RONDEAU/ROP4009/10



モーツァルトのレクイエム(バイヤー版)バッハのマタイ受難曲(初期稿)と、それぞれに素晴らしい演奏を披露してくれていた、ライプツィヒ聖トマス教会のカントール、ビラーとその合唱団による、「ロ短調ミサ」です。もっとも、こちらの方が「マタイ」より先に入手していたものなのですが。
先の2曲ではモダンオーケストラであるゲヴァントハウス管弦楽団との共演でしたが、ここではオリジナル楽器の団体、ライプツィヒ・バロック・オーケストラがバックというのが、変わっているところです。しかし、この合唱団のオリジナル楽器との相性の良さと言ったらどうでしょう。ちょっと意外な組み合わせによって、とても素晴らしい演奏が生まれました。
最近では、ピッチの違いさえなければモダン楽器かと思わせられるような団体も見受けられる中にあって、このオーケストラはオリジナル楽器の特性に逆らわない、無理のない表現を大切にしているように見受けられます。いかにも力まずに楽器の「鳴り」がそのままフレージングになっているようなすがすがしいサウンドからは、とても風通しのよい音楽が広がってきています。
そして、合唱が見事にそのオーケストラとのサウンドと合致しています。幾分頼りなげなトレブルパートですが、こういう弦楽器と一緒になるとそのピュアなキャラクターが見事に際立って、確かな存在感となって現れてくるのです。大人の男声パートも、特にテナーのみずみずしさは光ります。「Kyrie」や「Cum Sancto Spiritu」、「Et resurrexit」で現れるパートソロの難所も楽々とこなすフットワークの良さが、さらにそれに磨きをかけています。
ソリスト陣が、そんなオーケストラと合唱の求めているものにしっかり寄り添っているのも、心地よいものです。2人のソプラノで歌われる「Christe eleison」では、それぞれの透明な声が見事に溶け合って、この世のものとも思えない美しい世界を描き出しています。後のソロを聴いていくと、第2ソプラノのクルムビーゲルのほうがよりクリアな音色であることがわかります。テノールのペツォルトは、前述の「マタイ」で大活躍をしていた人ですが、ここでは一転して抑えた歌い方に終始、見事に他のパートとのバランスをとっています。アルトのヴィルケは、この曲で要求される「深さ」を、さして力まず、さりげなく表現しているのが素敵、バスのシュヴァルツもやはり軽めの声を心がけているかに見えます。
例えば、「Gloria」の中の第1ソプラノとテノールのデュエット「Domine Deus」を聴いてみると、そんなメンバーが作り出す音楽のテクスチュアが透けて見えてくる思いです。ソロもオーケストラも、それぞれのパートが見事に浮き出して、絶妙のバランスで聞こえてきます。オブリガートのフラウト・トラヴェルソはもちろんですが、バックのヴァイオリンまでがこれほどまでに表情豊かに歌っているのを完璧に聴き取れる演奏など、ほとんど初めて味わったような気がします。それは、優秀な録音も一役買っているはずです。コンテゥヌオは同じ人が曲によってチェンバロとオルガン(ポジティーフ)を弾き分けているのですが、その違いまでがはっきり聴き取ることが出来るのですから。
歴代カントールの業績を受け継ぎながらもひと味違った新しさを追求しているかに見えるビラー、これからも見逃せません。スプーンを曲げたりするかもしれませんし(それは「ゲラー」)。
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by jurassic_oyaji | 2007-08-25 20:41 | 合唱 | Comments(0)