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Ring Resounding ニーベルングの指環 リング・リザウンディング
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John Culshaw
山崎浩太郎訳
学習研究社刊

ISBN978-4-05-403393-1



イギリスDECCAのレコーディング・プロデューサー、ジョン・カルショーの歴史的な名著の「新訳」です。「新訳」があれば「旧訳」もあるということになりますが、1968年に黒田恭一氏によって訳されたものがそれにあたります。こちらの方はいちおう音楽之友社から出版されたものなのですが、普通に書店で販売されたものではなかったために、今では幻の書籍となっています。つまり、これはその年に発売された、この本の中で詳細にその制作過程が紹介されている世界最初のスタジオに於けるステレオ録音(実は、ライブでのステレオ録音はそれ以前にも存在していました)による「ニーベルングの指環」全曲のLPレコードの国内盤ボックスに同梱されたものだったのです。それは、「指環」のそれぞれの曲がまずそれぞれ箱に入っており、その他にDECCAが制作したライトモチーフを解説した3枚組LPの日本語吹き替え版が一箱、そこに分厚い解説と対訳が入り、さらにこの本が一緒に入っていたという、最近の「初回限定特典付きDVDボックス」など足元にも及ばない豪華なパッケージでした。そもそもその「ボックス」からして本革張り、文字通り永久保存版ともいうべきものだったのです。買ったはいいけど、まるで米俵のように重いものでしたから、それを家へ持ち帰るのに大変な思いをしたものです。
今回山崎氏によって訳されたものは、外見がそのボックスのような分厚いのものであったことにびっくりしました。全部で474ページ、「旧訳」が358ページでしたから、いかに「厚く」なっているかが分かります。
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その原因は活字の大きさでした。およそ1.5倍に大きくなり、印刷も凸版からオフセットに変わっていますので、とても読みやすくなっています。読みやすくなったのはそれだけではありません。訳文がとてもこなれたものになっています。しかも、新旧を比べてみると、まったく反対の言い回しに変わっているようなところも見受けられます。それは、最初のページからすでに現れています。

旧(黒田):
最初私たちは、「指環」の全曲を録音するなどという大それた考えはもちあわせていなかった。たとえ私たちのうちの何人かがそれを夢見ていたとしても、そんなことが起ころうとは、期待さえしていなかったのである。
新(山崎):
私たちが《指環》全曲をレコード化するという雄大な構想を明らかにしたのは、今回が初めてではなかった。それどころか、私たちのうちの何人かは以前からそれを夢みていたのだが、本当に実現するとは思っていなかった。
原文を読んでいないのでなんとも言えませんが、どうやらこれは新訳の方に分があるようです。というのも、ここに序文を寄せている黒田氏自身が誤訳を認めているのみならず、旧訳の作業に費やした時間が1ヶ月しかなかったことを告白しているのですから。たったそれだけの時間で良心的な翻訳など出来るはずもありません。そう思って読みかえしてみると、この旧訳はいかにもやっつけ仕事のように感じられてしまいます。
とは言っても、山崎氏の訳文が、必ずしも黒田氏のものよりも優れているというわけではありません。おそらく内容的にはより正しいことは間違いないのでしょうが、他の文章を読んだ時にも感じられる山崎氏特有の「ちょっと気取った」語り口のために、旧訳ほどはカルショー自身の言葉が伝わってこないもどかしさが感じられてしょうがありませんでした。それは、もしかしたら単なる翻訳のテクニックのせいではなく、それがなされた時代の違いによるものだったのかもしれません。旧訳はまさに世界で初めて全曲盤LPが出たその時、しかし、クラシック録音業界に於いてはもはやカルショーのような仕事自体がほとんどなんの意味も持たなくなってしまっているのが、新訳の時代なのです。そこの「熱」の違いが、訳文にも現れているのでは、というのは、原文は読んでいないものの、あのころの「熱さ」を知っている者の単なる憶測ではないはずです。
もしかしたら、新訳の最大の魅力は、黒田氏の序文によって長年謎だった「我らがジークフリート」の正体が判明したことなのかもしれません。
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by jurassic_oyaji | 2007-09-08 20:12 | 書籍 | Comments(2)
Commented by nq at 2007-09-09 23:18 x
少なくとも、引用されている訳文では、黒田旧訳の方が山崎新訳より意味が通ります。新訳では、「それどころか」という接続詞によって前後の文の内容がつながりません。「気取った語り口」以上の問題がありそうです。この調子の翻訳だったら大層読みにくいでしょうね。
 どちらが正しいのかは原文にあたらねばなりませんが。
Commented by ん。 at 2007-09-11 19:41 x
新訳は、翻訳以前に日本語として読みにくいし、不正確ですね。ふたつの文章のつながりがさっぱり分かりません。