おやぢの部屋2
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XENAKIS/Percussion Works
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Shannon Wettstein, John Mark Harris(Cem)
Jacqueline Leclair(Ob), Philip Larson(Voc)
Steven Schick(Perc,Dir)
Red Fish Blue Fish
MODE/MODE 171-73



MODEのクセナキス全集第7巻、打楽器のための作品集です。3枚組のボックスに収録されているのは、打楽器ソロの曲が2曲、打楽器アンサンブルの曲が3曲、そして、打楽器と他のソロ楽器(あるいは声)との組み合わせによる曲が4曲と、なかなかヴァラエティに富んだラインナップです。久しぶりにまとめて聴いてみたクセナキス、この、アメリカの演奏家が中心になったアルバムからは、改めて彼の魅力を存分に味わうことが出来ました。
ほぼ作曲年代順に収録されていますから、1枚目の最初のトラックが、彼の最初の打楽器のための作品「ペルセファッサ」になります。かつてストラスブール・パーカッション・グループの名演、そして名録音でさんざん聴いていたはずなのですが、その頃体験したと思っていたひたすら音の渦に巻き込まれていたという感覚は、ここからはほとんど感じることが出来なかったのが、ちょっと意外なことでした。演奏している「レッド・フィッシュ・ブルー・フィッシュ」というのは、カリフォルニア大学のレジデント・パーカッション・アンサンブルです。もちろんしっかりとしたテクニックと、卓越したリズム感を備えたメンバーが集まっているのでしょうが、この曲の、例えば中間部に現れるサイレンの音などを聴いていると、ちょっとホッとさせられるようなユーモラスな一面すら感じることが出来るのです。眉間にしわを寄せて難しい音楽と「格闘」しているのではなく、曲から生まれるメッセージを、さりげないスタンスで楽しみながら聴衆に提供しているような姿勢が、この演奏からは感じられてしょうがありません。
この曲は、本来は6人の打楽器奏者が聴衆の周りを取り囲むように配置されて演奏されます。そのため、例えばサッカー応援の時のスタジアムでの「ウェーブ」のように、音が発せられる場所が周りをぐるぐる回るというように作られた箇所がたくさん用意されています。そういうものだと分かっている人は、この普通のステレオ録音でもそんな音場を想像することが出来ますが、今でしたらサラウンドでそれをきちんと再現できるのですから、この演奏で実際に「回って」いる様子を味わってみたかったところです。そうすれば、もっともっとこの音楽を「楽しむ」ことが出来たことでしょう。クセナキス自身がそれを望んだかどうかということは、もはやそれほど問題にはなりません。
打楽器と他の楽器とのコラボレーションが、予想通り本当に楽しめるものでした。オーボエとの共演「ドマーテン」では、いきなりオーボエがオリエンタルな哀愁に満ちたフレーズを吹き始めるので、いっぺんになじみます。なんというキャッチーなツカミを用意したことでしょう。あのクセナキスが。ですから、これを聴いてしまえば、そのあといかに難解を装った重音やらフラジオレットが出てきたとしても、ひるむことはありません。
「声」が使われている「カッサンドラ」は、もちろんギリシャ神話に登場する予言の女神が題材となっています。ランチメニューではありません(それは「カツサンド」)。物語を進めるのは男の歌手1人ですが、彼はファルセットを駆使して、女の声も再現、まるで「能」のような節回しで、1人何役だかのお話を語っていきます。
そして、チェンバロと打楽器という、想像を絶するような組み合わせが、「コンボイ」と「オーファー」という2曲です。荒々しい打楽器と、繊細そのもののチェンバロ、一体どうなることかと思ってみても、チェンバロの意外な逞しさに驚かされることになります。もちろん、ここでクセナキスが用いたのは、軟弱なヒストリカル・チェンバロではなく、もっと芯のある音を出すことが出来るモダン・チェンバロでした。クレジットによると「1932年製のプレイエル」だとか、本来この楽器で演奏されるべき音楽にはもはや使われることのなくなった、ある特定の時代にしか存在しなかったあだ花のようなこの楽器は、もしかしたらこのような曲に於いてのみ、その存在価値がこれからも継続されていくのかも知れません。
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by jurassic_oyaji | 2007-09-22 22:53 | 現代音楽 | Comments(0)