おやぢの部屋2
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ROSSINI/Opera Arias & Overtures
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Max Emanuel Cencic(CT)
Michael Hofstetter/
Orchestre de Chambre de Genève
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このジャケ写、ぶっちゃけ超ブキミ、てゆーかキモくね?スキンヘッドはともかく、なんだか耳がとんがっているからまるで宇宙人のように見えますよね。首から下も、これだけ見るとまるで何も着ていないようで、なんかエロっぽいし。
この人は、今売り出し中のカウンター・テナー、マックス・エマニュエル・ツェンチッチです。名前だけ聞くと、宇宙人ではなくてお猿さん(それは「モンチッチ」)。クロアチアのザグレブ生まれ、1987年から1992年までは、あのウィーン少年合唱団の団員として、20枚ほどのCDを録音したり、演奏旅行で世界中をまわったりしていたそうです。ご同業のドミニク・ヴィスがロン毛で迫っている(最近、かなりおでこが上がってきてはいますが)のに対抗したわけでもないでしょうが、このインパクトにはちょっとすごいものがあります。確かに、最近のカウンター・テナーの人で頭が極端に薄い、というケースは多いようですね。
ここでは、指揮者のホーフシュテッター(モーツァルト・イヤーのザルツブルクで、「さまよい」の指揮をしていましたね)とのコラボレーションいうことで、ロッシーニのアルバムを企画しています。ツェンチッチはアリアを歌い、ホーフシュテッターは序曲を演奏するというわけですね。ツェンチッチの声は、この前聴いたラッセル・オバーリンのようなタイプです。ファルセットではなく、かなり実声に近い歌い方で女声の音域をカバーするというもの。ただ、ツェンチッチの場合、その声には悩ましいまでのビブラートが伴っていますから、なんか怪しい魅力が漂っています。それは、背筋がゾクゾクするような、まさにカストラートそのものの声のように感じられてしまいます。そういえば、だいぶ前に「最後のカストラート」という方の写真を見たことがあります。はっきりと覚えてはいないのですが、なんか、その「眼」がこのツェンチッチの写真とよく似ていたような気がしてなりません。
そんな「禁断の声」で、低音の力強さを併せ持つ高音の輝かしさと、コロラトゥーラの確かなテクニックを存分に聴かせてくれるのが、最初の曲「タンクレディ」からの「わが祖国よ」というアリアです。テーマ自体は、後にヴァイオリン(またはフルート)とハープのための変奏曲に使われたなじみ深いものです(「♪たんたん狸の~」にも似ています)。その後で、「パルミラのアウレリアーノ」という、全く聴いたことのないはずのオペラの中のアリアが歌われています。しかし、この曲のオーケストラによる前奏が、なんかどこかで確かに聴いたことのあるものでした。続いてその前奏と同じモチーフが使われている、この曲の序曲が演奏されたとき、それが何であったかが分かりました。それはあの有名な「セヴィリアの理髪師」の序曲だったのです。もちろん、「セヴィリア~」の序曲が、多忙なロッシーニが前に作っていたものを転用したというのはよく知られていますが、それがこの曲だったのですね。
ホーフシュテッターの指揮するジュネーヴ室内オーケストラは、今年創立15周年を迎えるという、とても若いオーケストラです。一聴して、木管楽器などがとても透明な響きを持っていることが分かります。そして、基本的にモダン楽器の団体なのですが、金管楽器にはオリジナル楽器も取り入れているようです。ホルンあたりは確実にナチュラル・ホルン。その特徴的な響きが、ロッシーニでの確かなアクセントとなっています。「セミラーミデ」序曲では、冒頭でそのホルン4本のアンサンブルが披露されますが、これがなかなか素朴で良い感じ、時折ゲシュトップが入るあたりが、ちょっと今までにない「新しさ」(いえ、実際は「古い」のですが)を体験できるものでした。途中の木管同士がアクロバティックにからむ難所も軽々とクリア、曲は颯爽と進んでいきます。
確かに、カウンター・テナーと、オーケストラの両サイドから、ロッシーニの魅力を存分に味わえるアルバムでした。
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by jurassic_oyaji | 2007-10-09 20:04 | オペラ | Comments(1)
Commented by Cosi fun tutti at 2007-10-12 22:43 x
こんにちは。
ロッシーニの「セヴィリア」序曲への転用までの道程はホント凄まじいですよね。「パルミラのアウレリアーノ」から「イギリスの女王、エリザベッタ」を経て、なんですけど、「セヴィリア」が序曲だけなのに対して他の2つのオペラの中にはちゃんとあの旋律がちりばめられているんですよね。特に「エリザベッタ」なんか登場のアリアからして「セヴィリア」序曲+「今の歌声は」+「チェネレトラ」という凄まじさ。そして第一幕の幕切れは思いっきり「セヴィリアの理髪師」のあのロッシーニクレッシェンドですwしっかり素材を全編に渉って使いまくったアレを聴いてしまうと、序曲だけあからさまに転用されてしまった「セヴィリア」がなんだかカワイそうに思えてなりません。しかも第一幕の幕切れ部分を聴くと「絶対序曲を作ってたら全然違う曲になったな」と思わせるだけのものがありますよね~。まったくロッシーニの手抜きメ!!
本編と関係ないことを書いちゃってすみません。