Danielle de Niese(Sop)
William Christie/
Les Arts Florissants
DECCA/475 8746
外国人の名前の日本語表記ほど、難しいものはありません。
John Rutterなどは未だに「ラッター」と「ラター」の2通りのものが見かけられます。確かに、実際の発音は「ラター」に近いのでしょうが、本当に似せるのであれば「ララー」ぐらいまで行かないと、本物とは言えません。「ハリー・ポッター」なのですから、「ラッター」で十分だと思うのですが(「ピーター・ラビット」の作者の場合は「ポター」ですけどね)。この人の場合も「レコ芸」にさる高名な評論家の方が「ダニエレ・デ・ニエーゼ」と書いてしまったおかげで、危うくその表記が定着しそうになりましたが(まだ一部では残っています)、今では本人の発音通りの「ダニエル・デ・ニース」が使われるようになっていますから、まずはめでたしめでたしですね。「ラッター」と「ラター」の違いぐらいだったら許せますが、「デ・ニエーゼ」と「デ・ニース」は全然
似てねーぜ。
彼女のことを初めて知ったのは、あの
2005年のグラインドボーン音楽祭での「エジプトのジューリオ・チェーザレ」のDVDでした。いきなり目の前に現れた、歌って踊れるキュートな女性が演じるクレオパトラ、一目でその魅力にとりつかれなかった人などいたでしょうか。その「歌」もあふれるばかりにイマジネーション豊かな装飾の付けられた煌めくほどの素晴らしいものでしたね。このセンセーショナルなグラインドボーン・デビューのせいでしょうか、翌年、
2006年には他のキャストは殆ど変わってしまった(指揮者も)にもかかわらず、デ・ニースだけはこのプロダクションのプリマ・ドンナを続演することになったのでしたね。
そして、待望のソロ・デビュー・アルバムがリリースされました。歌っているのは、もちろんお得意のヘンデルのアリア、バックはグラインドボーンでタクトを取ったクリスティです。そして、オーケストラがクリスティの手兵、レ・ザール・フロリサンですから、ピットでのエイジ・オブ・エンライトゥンメント管とはひと味違った音色が楽しめることでしょう。
「ジューリオ~」からは2曲、ともに第3幕で歌われる「この運命に泣きましょう
Piangerò la sorte mia」と「嵐で難破した船が
Da tempeste il legno infranto」が歌われています。この、全く異なる情感を描いたアリアを、彼女は見事に歌い分けています。驚くのは、ステージで大きな振りを付けて歌っていたときも、今回教会で録音したときも、基本的なクオリティは全く変わっていないということでした。2年前の段階で、すでに完成されたスタイルを身につけていたことがよく分かります。その上に、今回の録音では陰影に富んだ表現がさらに濃厚さを増しているようにも思えます。
2曲目に歌われている「私を泣かせて下さい
Lascia ch'io pianga」のような有名な曲を聴けば、その表現の密度の高さが自ずと分かることでしょう。バロックのスタイルはしっかり守った上で、彼女は真に迫った情感をまさに完璧に伝えることに成功しているのです。さらに、その歌に付き添うように、ヴァイオリンたちもまるですすり泣いているように聞こえてはきませんか?そう、バックのオーケストラの自由自在の表現力の高さも、ここでは聴きものです。しっとりとした曲ばかりではなく、生き生きした曲の場合にも、まるでラモーやリュリを思わせるようなテイストが漂っているではありませんか。8曲目、「リナルド」からの「私は戦いたい
Vo' far guerra」では、まるでコンチェルトのようにチェンバロのソロが伴いますが、それはまさに「クラブサン」という言葉がピッタリするような軽やかでエスプリに満ちた音色とタッチなのですから。