おやぢの部屋2
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KODÁLY/Works for Mixed Choir Vol.3
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István Párkai/
Debrecen Kodály Chorus
HUNGAROTON/HCD 32366



コダーイの混声合唱全集の第3集です。前2集に続いての年代順の構成、ここでは最晩年1948年から1965年までの作品が収録されていて、これで晴れて完結となりました。第1集の録音が2004年の6月に始まっていますが、これは2006年9月の録音、2年ちょっとで総ての無伴奏混声合唱曲を録音してしまったことになります。
ただ、今回演奏している合唱団は同じデブレツェン・コダーイ合唱団なのですが、指揮者が今までのエルデイから、イシュトヴァン・パルカイに代わっているのが、気になるところです。そう言えば、もうすぐクリスマスですね(それは「トナカイ」)。ジャケットやブックレットをくまなく探しても、この方の写真はおろかプロフィールさえも掲載されてはいないので、いったいどんな人なのか全く知ることは出来ません。
というのも、前作第2集ではかなりレベルの高い演奏を聴かせてくれていたこの合唱団が、ここではまた元に戻ってしまった(第1集はひどい演奏でした)かのように、冴えない演奏になってしまっているからなのです。メンバーの素質はそれなりにしっかりしたものがあるようなのですが、それを一つの方向にまとめて「力」を与えることに、この指揮者は全く関心がないように思えてしょうがありません。
ただ、このアルバムをきちんと聴いていくと、そんな無気力な演奏を産んだのは、必ずしも指揮者のせいだけではないような気にさせられてくるのも事実です。1967年に85才で亡くなるまでのコダーイの晩年は、まさに満ち足りたもの、国内での数々の名誉職の歴任や受賞のみならず、外国からもオクスフォード大学や東ベルリン、トロントの大学などからも名誉博士号を授与されているのです。同じハンガリー出身の大作曲家バルトークの悲惨な晩年を引き合いに出すまでもなく、これは作曲家としてはかなり異例なこと、そんな中から産まれた作品にはもともと緊張感を強いられるような要素は潜んではいなかったのかもしれません。
その代わり、このあたりの作品にはなにか力の抜けた、殆ど浄化されたような世界が垣間見られるのも興味深いところです。1963年に作られた「音楽への頌歌An ode for music」という、ウィリアム・コリンズと、シェークスピアの英語の歌詞による曲が、そんなおもむきを漂わせたものとなっています。出だしの和音の積み重ねという手法は、彼の過去の作品の投影を見る思いですが、そこからはハンガリーの語法から昇華された、もっとユニバーサルなテイストが感じられはしないでしょうか。そして、このような曲にこそ、もっともっと細やかな神経を使った歌い方で臨んでもらいたかったところなのですが。
1954年の作品、バリトンソロが加わった「ズリニイの賛歌Zrínyi szózata」は、彼の無伴奏の合唱曲の中では最も長大なものです。この中で、コダーイはまるで彼自身の作曲技法の集大成のようなことを行っています。それは、あたかもルネサンス時代に回帰したかと思えるほどの、殆どマドリガルのような軽やかな曲調や、まるでバッハを思わせるような厳格なフーガを伴うものでした。そんな中でも、この合唱団はそれぞれのキャラクターを際だたせるでもなく、平板な演奏に終始しているのがとても歯がゆく感じられてしまいます。最後のフーガのやる気のなさといったら、どうでしょう。
とは言っても、この全集によって曲がりなりにもコダーイの総ての混声合唱曲がいつでも聴けるようになったという意義は小さくはないはずです。1892年という、第1集にも含まれていなかった年代の男声合唱曲「スターバト・マーテル」を混声に直したバージョン(編曲したのはコダーイではありませんが)のような珍しいものも含めて、彼の作曲家としての生涯とはなんだったのかを考える上では、これ以上の資料はあり得ません。
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by jurassic_oyaji | 2007-11-08 20:09 | 合唱 | Comments(0)