おやぢの部屋2
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馬勒/大地之歌
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梁寧(MS)
莫華倫(Ten)
水藍/
新加坡交響樂團
BIS/BIS-SACD-1547(hybrid SACD)



「馬勒」ってなんだ、と思ったことでしょう。「マーラー」を中国語ではこのように表記するのだそうです。つまり、これはマーラーの「大地の歌」を、中国語で歌っているバージョンの、もちろん世界初録音ということになります。ご存じのように、この曲のテキストは昔の中国の漢詩(「五言絶句」や「七言律詩」といったあれですね)をドイツ語に訳したものが使われています。それを、元の漢詩に戻して、現代の中国語の発音で歌ってみようという試みなのです。しかし、そもそものハンス・ベートゲのドイツ語訳はかなり自由なものですし、元の詩の正確な作者も分かっていないものもあるということですから、その作業はかなり大変だったことでしょうね。殆ど「修復」といった感じなのでしょう。
ジャケットに、演奏家まですべて漢字で(「新加坡」は「シンガポール」ね)書かれているだけでなく、ブックレットには中国語によるライナーノーツまで印刷されています。それによると、指揮者の水藍(ラン・シュイ、例によって姓と名が入れ替わります)は、巴爾的摩(ボルティモア)交響楽団で津曼(ジンマン)、底特律(デトロイト)交響楽団では賈維(ヤルヴィ)、そして任紐(ニューヨーク)フィルでは馬索爾(マズア)などの、それぞれ副指揮者として研鑽を積んだのだそうです(ふう、漢字を出すのが大変でした)。
そんな風に思いっきり中国語尽くし、おそらく中国語圏もターゲットにしたアイテムなのでしょうが、ここまでやってくれると、一足先にレビューを公開された山尾敦史さんでなくとも、中国っぽいテイストが満載の演奏を期待してしまいます。以前こちらで、同じ演奏家による思いっきり東洋風のドビュッシーを聴いてしまっているのですから、それも当然のことでしょう。
しかし、その演奏は際物ではない真摯なもの、そこからは見事なまでにマーラーそのものの姿が見えてきました。梁寧(ニン・リャン)、莫華倫(ワレン・モク)という二人の歌手は、歌い方は至極まっとうなもので、言葉が中国語に変わったとしてもびくともしないほどの世界が、すでにこの曲の中にあったということが、改めて確認できたことになります。実際、全曲が終わったあとに、最後の「告別」の460小節以降を、本来のドイツ語で歌ったバージョンが特別に「おまけ」として付いているのですが、そこで聴かれる梁寧のドイツ語よりは(「Ewig」というのが鼻にかかって、まるで中国語みたいに聞こえます)、今聴いたばかりの中国語の方がよっぽど自然に感じられるほどです。
興味深いことに、もろ中国風の音階が使われている3曲目の「青春について」とか4曲目の「美について」では、曲そのものが求めている中国テイストが、この東洋人のコンビによっていとも自然に現れています。西洋人だったら、もしかしたらしゃかりきになって中国風の味を出そうと苦労をした結果、変にデフォルメされてしまった「中国」が出来上がってしまうかもしれないところを、彼らはサラリと、等身大の「中国」を余裕を持って描き出すことに成功しているのです。これは、前作とは逆の意味で好感の持てた点です。
マーラーの造り出した絶妙のオーケストレーションは、冒頭の華やかな喧噪から、最後のチェレスタとハープの醸し出す静謐まで、SACDのスペックを最大限に生かしたとびきり優秀な録音によって、存分に味わうことが出来ます。特に2曲目の「秋に寂しきもの」などに聴かれる弦楽器のふわっとした感触を楽々と再現している様は、間違いなくCDの限界を突き破ったものです。もちろん、それは元のオーケストラの豊かな音色があってこそのもの、弦楽器はもちろん、木管楽器の暖かい肌触りはいつまでも耳の奥に残っているほどの美しさでした。
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by jurassic_oyaji | 2007-11-16 21:16 | オーケストラ | Comments(0)